第19話 風の礫と渦巻く炎

 試合開始とともに、僕は全速力でドリスに向かっていった。


 カロリナ曰く、勝利の鉄則は敵の動きを見極めること。どんな攻撃が得意なのか、どんな思考回路なのか、どんな音楽を奏でるのか──それらを見極めてから相手の動きに合わせた一撃を見舞う。が、その戦法は前の戦闘でエドが披露してしまった。ドリスもそのことは予想している可能性が高い。だから。


 ドリスがチェロを弾くと同時に、ヴェルヴは真っ赤な刀身を現した。短剣と変わらぬ短さだが、襲ってくる風のつぶてをガードするにはうってつけだ。


「へ~あんなに大騒ぎだったのに、戦えるくらいにはそれを扱えるようになったんだ」


「ああ、カロリナとの特訓のおかげである程度コントロールが可能になった」


「カロリーナ様、だよね?」


 弓の動きが速くなる。流れるようなレガートがドリスの周りに風の膜を発生させた。これでは刃が届かない。


 ドリスは指で弦を弾いた。途端に膜の間から何かが飛び出た。咄嗟に剣で弾くも、それは頬を掠め観客席の壁に突き刺さった。アニタが使った刃とはまた違う。直線状に高速で進むあれは、言ってみれば、槍?


「よそ見してる場合じゃないんじゃない?」


 再びレガートの合間に弦が何度も弾かれ、肩や腕に傷が走る。見えないそれを正確に捉えるのは難しく、弾くか避けるにしても完全に防ぎきることはできなかった。


 さらに風の膜が常にドリスの周りを覆っていて、突き崩すのにも時間がかかる。攻めと守りが一体になった攻撃だ。


「どうしたの? やっぱり手も足も出ない? 大人しく降参した方が無駄に痛くなくてすむんじゃない?」


 痛みか……。ちらりと観客席に目をやると、マリーが口元を手で覆い、不安げな表情をしていた。


「あまり心配させるわけにはいかないな」


 教授陣のところにいるカロリナに視線を移すと、周りに気づかれぬよう一瞬だけウインクをしてくれた。大丈夫、という合図か。


「何言ってるの? 人の心配より自分の心配しなよ」


 よくいる噛ませ犬の台詞みたいだな、と思いながらすっと目を閉じる。


「今度は何やってんの? 見えなきゃ戦えないじゃない!」


 見えなくても視えるものはある。みんな当たり前かと思っていたが、それを知らない生徒もいるのか。やっぱり、カロリナの特訓はスパルタだったようだ。


「ふん、そんなに負けたいのなら終わらせてあげるわ!」


 リズミカルに弾かれた弦の音は3種類。続けざまに迫る風の槍を最小限の動きで弾くと、痛みを気にすることなくそのまま直進していく。


 三度みたび、流れるようなメロディが紡がれた。弓を持つ同じ右手で弦をつまむ場合、どんなに素早く動かしても、弦を指で弾くその瞬間にどうしても短い間が生まれてしまう。そう、ここだ。


 剣を顔の正面に据え、イメージを込める。カロリナが創り出したドラゴンが放つ超高温の炎。


 目を見開くと、予想通り渦巻く炎の剣が風の槍を貫いているのがわかった。弾いているのではない、真っ二つに裂いている。


「なっ、え?」


 ドリスの態度に明らかに動揺が見えた。これ以上の手はもうないのだろう。


 柄を強く握った。同時に頭の中にカロリナのドラゴンを始動させる。みるみるうちにナイフと変わらない長さだった短剣が巨大化し、火の粉が辺りを舞った。


 ドリスの背丈の優に5倍はあるだろうヴェルヴを振り上げる。音楽は途絶え、風の膜は消え、その顔にはただ、恐怖の色だけが浮かび上がっていた。


 そして、そのまま剣を振り下ろした。ドリスの真横を通り過ぎた一撃は石床にめり込み、表面が砕けた。


「だから言ったよね。ある程度コントロールできるようになったって。降参する?」


「……降参……します」


 震える小声でドリスは降参を宣言した。震えているのは声だけじゃなく、体全体が小刻みに揺れていた。完全に格下だと思っていた相手に負けた、しかも降参させられるというやり方で負けたのだから、よほど、悔しかったんだろう。やはり、プライドが高いところがルイスの取り巻きらしいところだ。


「悪いな。どうしても勝っておきたい相手がいるんで」


 だいぶ色を失った宝玉をヴェルヴから抜き取ると、観客席がざわついているのに気づいた。なるほど、誰もこんな展開になることを予想していなかったらしい。実力が知られていなかったエドはともかく、正規の手続きで入学したわけでも魔法を使えたわけでもない落ちこぼれが勝利したんだから、そんな反応になるのは当たり前か。


 思わず深いため息が出てしまう。体はまだまだ戦えるが、疲れ切ったような気分だ。


 さっさと舞台をあとにしようと早足で歩き始めると、後ろから拍手が聞こえた。足を止め、振り返ると小さなマリーが大きな拍手をしていた。目に涙を溜めながら。


 次にカロリナが拍手をした。それにつられて少しずつ広がる拍手。仕方ない、という顔をしている者もいるが、笑顔を向けたり、歓声を上げながら手を叩く姿もあった。


 僕はまた背を向けると、拍手から逃げるようにフィールドを下りた。──体が熱い。

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