第29話 ルイスの告白

 咄嗟とっさに対応できずに、数秒の間が生まれた。それで全てを悟ったのがごとくルイスは「あー」と残念とでも言いたげな声を出した。


「図星なのね。あなたってホントわかりづらそうな顔してるくせにわかりやすいわね」


 わかりづらい顔は生まれつきだ。……たぶん。知らんけど。


「王女と執事が喧嘩したらダメじゃない。クビになるわよ。だいたい、あのパーフェクトなカロリーナ様を本気で怒らせるなんてあり得ないわ」


「カロリナはそんなことしないよ。それに、確かに喧嘩はしたけど、お互い冷静になろうと会っていないだけだ」


「カロリナじゃなくてカロリーナ様でしょうに。……はいはい、要するに痴話喧嘩ね。うらやましいですこと」


 呆れたようにそう言って、ルイスは買い出しリストが書かれた羊皮紙に目を向けた。


「いや、違う。お互いの重要なスタンスの相違だ」


「はいはい。きっかけはちょっとしたことってよく聞くものね。塩加減がどうとか、話を聞いてくれないだとか」


「だからそういうものとは違ってだな──」


「ああ、もう!」


 ルイスは髪をかきむしると、きっとそのキツい目で僕をにらんだ。


「やけにムキになるじゃない! こっちから見てたらね、マリー様のこともカロリーナ様のことも、全部イチャイチャしてるようにしか見えないのよ!」


「なに言ってるんだ? 俺は任務で一緒にいるだけだぞ?」


「知ってるわよ! でもね、あなたが来てからカロリーナ様もマリー様も変わったわ。雰囲気というかなんというか。ま、とにかくカロリーナ様と早く仲直りしたら? そんなに落ち込んでいられたら、目障りなんだけど」


 そして三度の沈黙。もう、15分くらいは走っただろうか。街に近づくにつれて雨音が少なくなっていくのがわかる。


 じっと御者の後ろ姿を見つめていたルイスは、再び口を開いた。


「で、どっちにするのよ?」


 まったく意図が読めない質問だ。


「……何が?」


「鈍いわね。カロリーナ様とマリー様、どっちが好きなのかって聞いてんの!」


「はい?」


 好きって、人間的にどっちが好きかって質問か? いや、この場合その意味するところは異性として好きなのかどうかという問いだろう。


「いや、ルイス。もしかして、カロリーナやマリーとそういう関係になってると、つまり本当にお前の言うイチャイチャしてると思ってるのか?」


「え、違うの?」


 きょとんとした赤い目で僕を見るルイス。「違う」と答えると勘違いが恥ずかしかったのか、その頬すら赤みを帯びてきた。


「いや、その……紛らわしいわよ!!」


 紛らわしいもなにも、勘違いをしたのはそっちなんだが。


「じゃあ、いっつも突っかかってきたのは──」


「ち、違うわよ! 別に気になるとかそういうことじゃなくて!!」


 両手をぶんぶん振って全力で否定してくるが、その顔の赤さがそうじゃないと物語っている。


「そうか。わかったよ」


 憧れにもいろいろとあるが、まさか嫉妬するまでとは予想外だった。


「わ、わかっちゃった?」


「ああ。しゃべり方も佇まいも似てるから、まさかとは思ったけど」


「うそ! そ、そんなに似てるかな?」


 熱を冷ますかのように両手で赤くなった頬を覆うルイス。


「ああ、似てる。……カロリナにそっくりだ」


「カ、カロリーナ、様?」


「そう。エレメントもわざわざ火のエレメントなんか使ってたけど、お前本当は風が得意属性なんだろ?」


 選抜試験のとき、白い霧を吹き飛ばした風の演奏の方が生き生きとしたこと、ルイスの取り巻き二人ともが風のエレメントを使っていたことから、おそらくそうだろうと確信はしていた。


 そう指摘すると、なぜかルイスは大げさなため息をついて乱れた髪を手で直した。


「そうよ。カロリーナ様に憧れて火のエレメントを使いこなせるようになりたかったの。あんたには、完全に負けてしまったけどね」


「なあ、ルイス。カロリナへの気持ちはわかったけど、だからって僕やマリーにキツく当たるのはどうかと思うぞ。楽譜に悪口を書いたり」


「はあ? あたしが楽譜に悪口を書いた?」


「ルイス……じゃないのか? マリーの楽譜に『一流のピアニストになれるかもね』って書いたのは」


「あたしじゃないわよ!!」


 ルイスの怒りの大声が狭い空間を震わせた。


「確かに、その、言い方については善処した方がいいと思うときもあるけど、あたしは一度だってマリー様やあんたの悪口を言ったつもりはないわ!! いや、その売り言葉に買い言葉で言い過ぎちゃうことはあるけど……少なくともそんな陰険なこと書かないし、今回の試験だって本当にマリー様の身を案じて進言したつもりよ!」


 その目は嘘を言っているようではなかった。それにあれだけ嫌味たらしい台詞を発していた人間が今更嘘を言う理由がない。……真実だとしたら、なんて誤解を生みやすい言い方をするんだ。こいつは。


「待って、そしたら、そういう人間がいるってこと?」


 そうだ、別にそれを書いた人間がいたということだ。それは──。


「はい、着きましたよ」

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