第43話 危機

「あらら、もう終わり? 弱いのがいくら集まってもやっぱり弱いままだね」


 真っ赤に染まったその顔は変わらない笑顔を浮かべていた。血色の混じった白髪はまるで死神のよう。


 なんだこいつは──。としか思えなかった。その異常性は想定を超える先にあった。こいつはヤバい──。人懐っこい笑顔を張り付けながら息をするように人を殺す。近づいてはならない、逃げなくてはならない。──だけど、逃げられない。


 恐怖を理性でコントロールしようとするが、足が震えて動き出せなかった。人間は本当の恐怖に際したとき、動くことができないという。あっちの世界でだって、この世界でだって何度も危機を乗り越えてきたはずだが、それらとはおそらく質の違う危険性がひたひたと目の前に迫ってきていた。


 それは初めて口を歪ませると、獲物を捕らえたネコ科動物のように目を大きく開いた。金色と赤色のオッドアイ。


「恐怖で足が動かないなんて、情けないね。あれだけ僕のモンスターを殺しといてさ」


 僕の……モンスター? 辛うじて動く頭に疑問が浮かぶ。まさか、こいつは。


「僕のもう一つの特徴はね。あえて魔物使いとでも言おうか、モンスターを従わせることなんだ」


 突如、耳障りな音色が宮殿一体に響き渡った。両手で耳を覆うと、堅牢な赤壁が瞬時に消えた。


「上空を見てごらん」


 言われるがままに頭を上に向ける。雲一つなかったはずの青空が今にも雨が降り出しそうな黒雲に覆われている? では、あのうごめく感じはいったい……。


「そんな……あれ全部……」


「ウソだろ?」


「そう。全部魔物さ。エンファガルにヴァインズにビーク、それに──まあ、いいか。君たちはあまり魔物の種類に興味なさそうだし。稀人くんの雇主は一羽のビークとともに城へ向かったディサナスに殺られているころじゃないかな? あぁ、さすがにまだ死ぬには早いか」


 目の前まで迫った少年は血で赤黒く染まった長剣を軽く握ると、また最初の笑顔に戻った。


「さて、その前に死んでもらうか、稀人くん。大丈夫。僕のは一瞬で楽になるから」


 金色と赤色の宝玉が怪しく光ったように見えた。魅惑的なその瞳にどうしようもなく惹きつけられる。長剣は少年の頭上高く上がり、垂直に振り下ろされる。押し寄せる風圧に覚悟を決めて僕は目を閉ざした。不協和音が身体中を貫き、常闇の感覚が浮かび上がった。


 次の瞬間、全身に痛みが走った。


「なに諦めてんのよ! あんた前衛なのよ! あんたの後ろにはまだたくさん味方がいるじゃない!!」


 ルイスの声に驚いて目を開けて、体を起こす。魔法で飛ばされたのか。


「いい判断だねぇ。魔法は攻撃のみにあらず、か」


 剣の切っ先がルイスに向けられる。それに応えるように片手をかざすとルイスは魔法を詠唱した。


「何度やっても無駄だよ。僕には魔法は通じない」


「知ってるわよ! でも、これならどう?」


 ルイスは地面に向けて風の刃を放った。地面が抉られ、大量の石つぶてが飛び出し、少年へと向かっていったが、そこにはもう少年の姿はなかった。


「ルイス、後ろ!」


 ルイスが振り返るより早く、少年は地を蹴り跳び上がった。あまりの速さに前髪が後ろへ撫でつけられる。


「残念でしたぁ」


『ライゼ・リフティ!!』


 切られる寸前。後ろから突風が発生し、ルイスを前へと押し出した。少年の凶刃が空を切る。


「ルイス!!!」


 駆け寄ってきたのはルイスの取り巻き。アニタとドリスだ。


「まぁた弱っちいのが出てきた。死ぬよ?」


「死ぬためにのこのこ出てきたわけではないですわ! ルイスを守るために出てきたんです」


「そうだよ! 簡単にはやられない!」


 チェロにヴィオラ、それぞれの楽器を構えると、2人の間にルイスが加わり、ヴァイオリンを構えた。


「何の真似? 魔法は効かないし君らの、のろのろ攻撃なんてそもそも当たらないよ?」


「でも、挟み撃ちならどうかしら」


 ルイスは不適な笑みを浮かべた。


「我々も加勢します! ご指示を!!」「仲間を殺されて黙っているわけにはいきません!!」


 少年の後ろには生き残った兵士たち数十人が続々と集まり、横一列に並んで武器を構えた。


「アニタ、ドリス、行くわよ!」


 3人は同時に弓を引いた。力強いチェロのベースに色彩豊かなヴィオラと熱情的なヴァイオリンが共鳴しあい、一分の隙もない三重奏を奏でた。それは空まで届く竜巻を容易に形成し、疾駆する少年に地面から抉り出された岩石を投げつける。


 その攻撃を回避し後ろに回り込もうとした少年を兵士達が取り囲んだ。


「え? 随分速いね」


「風で移動させたのよ。これならそうそうやられないでしょ!」


 そう叫ぶとルイスは手を止めることなく僕に視線をぶつけた。


「ハルト行って! カロリーナ様のとこ! ここは私たちが守るから!!」

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