第13話 クラーラの疑問

「……聖性、魔法……」


「ええ──」


 クラーラはじゃがいもの断面にベリー種のジャムを丁寧に塗りながら続きを話す。


「女神ユセフィナの加護を受けた、ユセフィナの子孫の私たちアーテムヘルの王家にしか使用できない特別な魔法です。ユセフィナの名はさすがに聞いたことがおありですね?」


 僕は黙ってうなずいた。ルイスから前に聞いたことがある。この世界の創造主とされている女神だ。だからか、生活のあちこちにユセフィナの名が出てくる。


「ユセフィナ様は世界を創り、また人間を創り、この地に繁栄させた女神様です。その意味では我々人間の祖と言ってもいいでしょう。ユセフィナ様は特別な力を持ち、人間達を襲う魔物を殲滅し、人の住める地を増やしていきました」


 それも聞いたことがある。世界創成の物語だ。魔法が──クラーラの言う4つのエレメントに基づく──まだ今ほどまでに発展していなかったはるか昔、人間は魔物によって全滅の危機にあった。やつらの牙、爪、そして魔法にあがらう術はなく、日に日に人はその数を減らしていった。そこへ現れたのが女神ユセフィナ。彼女は世界が7日7晩真白になるほど「光る槍」を用いて、魔物を一振りのもとになぎ倒した。


 眼鏡を掛けた神経質そうな妙齢のシスターの顔が浮かぶ。眠りを堪えるのが必死な講義だった。


 青紫色に塗りたくったじゃがいもを口に頬張る。眉を上げた嬉しそうなその表情が美味しさを語っている。


「そのユセフィナ様の魔法が使えるのが、私たちだと言うわけです。その後、聖性魔法は回復に特化し、攻撃能力を失いましたが、代わりに貴方達の楽器を用いた上級魔法のように4つの属性に基づく魔法が攻撃能力を有しました。ユセフィナ様が守った領土を私達が貴方達に貸すかわりに、貴方達は武力で私達を守る。そういう契約が始まったのも、魔法の違いが背景にあります」


「なるほど。だから、ご帰還なんですね」


「ええ。しかし、それはあくまでも物語として語られているだけですが」


 そう言うとクラーラはスープをスプーンですくいあげ、またスープの上に垂らした。


「ここからはただの推測に過ぎませんが、この物語はずっと恣意的な気がしていました」


 クラーラの目がまたどこか遠くを見るような目付きに変わった。


「恣意的?」


「はい。確かに聖性魔法は私達にしか使えず、4つのエレメントに基づく魔法も存在しています。しかし、なぜ、フィアスが用いていた魔法を人間が使えるようになっているのか。物語的に言うのなら、人間を創ったユセフィナ様の魔法が人間全てが使える魔法になっている、と考えた方が自然な気がするのです」


 フィアスを倒すためにつくられた聖性魔法が普及する。確かにその方が自然かもしれないが。


「しかし、現にそうはなっていない。聖性魔法とやらは一部の人間にしか使えず、エレメントに基づく魔法が幅を聞かせている」


「そう。現実にそうなっています。ですが、過去に魔物と共生するコンサーニ人を──」


 スプーンを持つ手が急に止まった。


「いえ、なんでもありません。すみません、今の話は忘れてください。仮にもアーテムヘルの王女が言ってはいけないことでした。いいですか。今、重要なのは聖性魔法は私達にしか使えない魔法。エレメントに基づく魔法と聖性魔法、あくまでもその2つの魔法があるということです」


 クラーラは少し冷えたスープを一息に飲み干した。


「ふー。ハルトは話を引き出すのが上手いですね。これは私も気をつけなければ、カロリナのように」


 カロリナのように? なんだ?


「さて、私が聞きたかったのは、こうしたこの世界にとって当たり前のことすら知らない貴方が、なぜディサナスさんが、貴方の言うところの解離性同一性障害だと判断を下せたのか、さらに言えば、なぜ、貴方はいかにも平静そうに今ここにこうして食事をすることができているのかということです」


 クラーラはナプキンで口を拭くと、スイーツに手を伸ばした。


「つまりですよ。私にとってこの世界は生まれたときから馴染みのある世界なわけですが、貴方はそうじゃない。いくら半年以上ここにいるとはいえ、様々な未知と出会いに混乱しているか、はたまた元の世界に戻りたいと切望するか、前向きに現状をとらえたとしても、カロリナの専任執事で魔法学院の生徒、しかもヴェルヴ使いに戦いの英雄と、何かと目まぐるしく息苦しい王宮の中に閉じこもっているのではなく、もっと王宮の外に出たい、もっと世界をみてみたい、もっと冒険してみたいとか、って思いませんか?」

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