第7話 女神の帰還
「アンブロシウス ピアノ協奏曲第四番『深雪』」
スルノア国を代表する音楽だ。雪深い自然の偉大さをオーケストラが、人間たちの営みをピアノの旋律が表し、せめぎあいながら春の調和へと向かっていく。
階下から聴こえるそれはスコラノラ魔術学院第一楽団の演奏。ピアノの音は聞き慣れたマリーの柔らかな音。深く抉るような音、撫でるような、触れるような音とそれは一音一音変化に富むが、奥底から聴こえるのは、紛れもなく柔らかなマリーの音だった。
音楽に合わせた行進の足音が室内をほんの少し揺らした。兵たちに守られた王女一行が緩やかに厳かに階段を上ってくる。
壁際に並ぶ王宮楽団が一斉に楽器を手にした。ちょうど一拍後に扉が開け放たれ、生徒たちの曲はフィナーレを迎え、続けて王宮楽団の演奏が静かに始まった。
『アターナルマンド──女神の帰還』
フルコーラスを中心に据え、その後を追うように短いが特徴的なメロディが少しずつ音量を上げながら、フルート、オーボエ、ヴァイオリンと次々に楽器が参加して終わりに向かっていくこの曲は、単純ながら生命感溢れる力強い音の重なりが心を揺さぶる。
一歩一歩ていねいな足取りで進む行進のその一番後ろに、クラーラ王女それらしき人物が姿を現した。
全体に強めのウェーブがかかった腰まで届く高さの髪は黄金色に輝き、透き通った大きな青い瞳は宝石にも似た神秘的な光を帯びていた。柔和な微笑みを形作るその小さな顔は愛らしいベビーフェイスで、降り積もる雪のように真っ白だった。どことなくマリーに似ている気がする。
まるで超有名な女優を迎えるがごとくに、王女を囲む貴族、兵士の視線は王女のその顔に一心に注がれていた。一挙手一投足を目に焼き付けようとするように。
行進が止まり、王女は一人で前進する。そのバックミュージックに流れるコラールも相まって、女神かと疑ってしまうほどの神々しさを放ちながら、ゆっくりと王座に向かってきた。
カロリナが頭を下げ、シグルド王子も頭を下げる。慌てて僕も頭を下げた。
「シグルド王子にカロリーナ王女、これほどまでに
雪のような肌に似合う真っ赤なルージュの唇を開くと、そこから落ち着いた柔らかな声が発せられた。
「もったいないお言葉。季節が違えば、庭園や湖にて最高峰の音楽をお届けすることができたのですが」
シグルド王子は表情一つ崩さずそう言った。
「いいえ。いつどこで聴いてもスルノア国の音楽は最高峰です。今も情景が浮かぶようでした」
「もったいないお言葉。恐れ入ります」
「それから──」
王女はカロリナに視線を移し、続いてこちらをちらりと見た。心なしか少し嬉しそうに見える。
「久しいですね。カロリーナ王女」
カロリナは首を傾けてパーフェクトスマイルを作った。
「ご無沙汰しております。クラーラ様」
静かにうなずいて、王女はこれまた鷲が彫られた王座へと腰掛けた。背が低いため、王座の赤い背が広く見える。
王女の瞳が見開かれ、左右を見回す。大きく息を吸うと、口を開いた。
「今、この地に真の王なり、民の導き手なる、ユセフィナが降り立った。永く平和と繁栄を我が手の中に誓わん!」
「我が手の中に誓わん!」
王女の宣誓に応じて全員が胸に手を当てて唱和した。僕以外は。慌ててみんなと同じ姿勢を取ると、心の中でカロリナに毒づく。あえて伝えなかったなこのやろう。
一分ほど祈りが続くと、王女は王座から降りて再び荘厳な音楽とともに出ていった。儀式が終了したからか、安堵感が漂う。すかさず振り返ったカロリナの顔には打って変わって意地悪そうな笑みが浮かぶ。
「上手くいきましたか? ハルト殿」
「カロリーナ様が伝え忘れた部分以外は」
「それは失礼。ですが、執事たるもの事前に勉強しておくべきでは?」
カロリナはとても
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