第4話 面会
宮殿の中はやはり冷えていた。建物の周りがぐるりと氷雪に覆われているのだから、しょうがないことだが。まだ早朝だからか、それとも空気が研ぎ澄まされているのか、自分の革靴が鳴らす足音がやけに大きく聞こえた。
考えてみれば、ディサナスがいる牢屋は、冬の間相当な寒さになっているのではないだろうか。どんな悪事を働いた人間が牢屋に閉じ込められているのか知らないが、ディサナスは別室に幽閉してもいいのでは? そう思ってしまうほど彼女には、そう、悪意というものが感じられなかった。悪意がないから厄介という見方もあるだろうが。
階を降りるごとにいよいよ寒さは増していく。突っ立っていれば身震いしてくるような寒さだ。
あの戦いの最中だってディサナスは確かに迷うことなく、カロリナや僕をその「冷たい炎」で殺そうとしたが、ディサナスの青色の瞳には何の感情も見られなかった。機械のように下された命令を実行する。それは確かに怖いかもしれないが、ただ、それだけだ。
地下2階に到達すると、さすがに雰囲気はガラリと変わる。初めて訪れるそこは、明るくて華やかな宮殿のイメージとはかけ離れた、暗くて厳格な雰囲気を漂わせていた。
「ハルト殿、ご用件は?」
人1人くらいが通れる狭い廊下を覆う鉄格子の前に立つ兵士が声をかけてきた。寒いのか軍服の上に厚手のコートをがっつり着込んでいる。
「ディサナスさんと面会がしたいと思って来たんですが」
そう言うと、兵士は驚きの声を上げるとともに「ようやく来たんですね!」となぜか快活に話した。
「やっ、すみません。ここで何度か話をうかがっていて、毎回ハルト殿の名前が出されていたもので」
いぶかしむ僕の視線を感じ取ったのか、そう付け加えると、兵士は慣れた手つきで錠を外し、ディサナスのいる牢屋へと案内してくれた。
見張りの兵士が知っているくらいだから、相当僕の名前が出されたのに違いない。だけど、なんで僕なんだ? ディサナスと戦って勝利したとはいえ、辛うじて、なんとか勝ったようなものだし、そのあと会話らしい会話をしたわけでもない。
頭を捻りながら、ところどころシミができていたり、ヒビの入った無骨な感じのする廊下を進むと、小さく仕切られた牢屋の一つ一つに人が収容されていた。眠っているものや本を読んでいるもの、体のトレーニングをしているもの、 ニヤニヤとこっちを見ていくものなど様々な過ごし方をしているなか、その中で一人の老人が話し掛けてきた。
「ヴェルヴ使いのハルト、
「やめろ!」
咄嗟に前を行く兵士が空気を切るような尖り声を出した。
緊張感が走って何も言えなくなった僕をジトリと見回して、老人は構わず話を続ける。
「その目。まだ純粋な濁り一つないその目は、まだ何も見ておらんな。善も悪も秩序も混沌も分かれたまま。その目、果たしていつまで保っておられるかの」
長い間収容されているのか、
呆然とその顔を見つめていた僕は、兵士の声に我に返り、その牢屋から離れた。
「あのじいさんの話なんてまともに聞かない方がいいですよ。あれ、稀代の詐欺師なんです。世界は変革のときを待っているとかなんとか言って、国家の転覆を図ろうとしてるんですから」
「国家の転覆……」
「できるわけないですよ、そんなこと。だいたいシグルド王子らが国を守ってくれているというのに。ゲリラの考えていることはよくわかりませんね。さて、ここです」
手で指し示す牢屋を覗き込むと、この場に似つかわしくない一人の少女が不思議そうな表情をしてこちらを見上げていた。透明感のある青い髪に青い目が印象的なディサナスだ。
「……ハルト」
ディサナスは小鳥のさえずりのように僕の名前を小さく呟くと、ふわっと立ち上がり冷えきったはずの鉄牢を素手でつかんだ。宝石のような瞳が真っ直ぐに僕の目を射抜く。
「やっぱり、反応が全然違いますね! いつもは誰が来てもぼんやりとしてるんですが」
また明るく感想を言うと、兵士は「何かあれば呼んでください。それではごゆっくり」と意味深な台詞を述べて戻っていった。こんなところでゆっくりするつもりは毛頭ないのだが。
「さて……」
緊張と戸惑いを隠しつつ牢につながれた少女に向き直る。
さすがに配慮されているのか毛皮のローブをすっぽりと被ったその体からは健康状態は判別できないが、反応を示し、しっかりと焦点の定まった目から判断するに会話をするのに問題はなさそうだった。
とは言え、何から聞いたものか。
「……あなたは、ディサナスですね?」
いやいや、当たり前だろ。健康状態の確認とか何か違う質問にすればよかった。しかし返ってきた答えは意外なものだった。
「……ううん、わたしはディサナスじゃないよ」
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