第11話 カロリナからのプレゼント
予定の時間通りに無理矢理嫌がる体を動かして、凍りついた湖の元までたどり着くと、すでに子どもたちが何人かの鍛治師と思われる男性陣に向かって列をつくっていた。
耳まですっぽりと隠れるファーの帽子と分厚い毛皮のコートを来た子どもたちは、頬を赤く染めながら嬉々とした表情で、はしゃいだりおしゃべりをしながら自分の順番を待っている。黙っていても全身が震えてくるとんでもない寒さの中でよく待っていられるものだ、とその様子をうかがっていると、一人の少年がこちらに気づきにこやかに手を降って走り寄ってきた。
あの子は──。
「おい! 忘れたのか!? オレだよ! エルね、あっ! 言っちゃダメなんだった! ほら、街でお前と会った!」
「ああ」
その生意気そうな口調と近づいてきた顔が過去の記憶と一致する。収穫祭の材料調達に街へ赴いたときに盗みを働こうとした少年だ。カロリナの妹であるエルサ・カールステッドと一緒にいた。
「まだ名前言ってなかったよな! オレはアレシュ!! アレシュ・ドレクスレル!」
名前を告げると、アレシュはくるっと後ろを向いて「おい、みんな! ハルトが来たぞ!!」と大声で呼びかけた。
すると、長い列をつくっていた子どもたちが一斉に僕の方に目を向け、声を上げながら瞬く間に集まってきた。
「ハルト! こんにちは!」「ハルト、ありがとう!」「お前、けっこういいやつじゃん!」「ねえ、ハルトって何歳なの?」
あいさつやらお礼やらコメントやら質問やらが一斉に飛び出す。いや、ちょっと、さすがに対処できない。
「はいはい。みんな落ち着いて。ハルトが困ってるじゃない」
後ろから雪を踏みしめてやってきたカロリナが助け船を出してくれる。いつの間にか輪をなしていた子どもたちは半歩ほど後ろへと下がってくれた。
「ありがとう。助かった、カロリナ」
「いいのよ。みんな言いたい、聞きたいことはたくさんあるだろうけど、今日は鍛治師の方たちも来てくださっていることだし、誰か代表してお話したら?」
「じゃあ、オレが!」
アレシュが前に出てきた。あのときもそうだったし、きっと子どもたちのリーダー格なんだろう。琥珀色の瞳が真剣味を帯びている。
「カロ姉から聞いたんだ。住む場所がなかったオレたちを宮殿に住まわせてくれるようにしてくれたのは、ハルトがシグルド様にお願いしてくれたからなんだって」
そこで言葉を切って周りを見回す。
「おかげでほら! みんなこんな暖かい服を着れて、スケートで遊ぶことができて。オレたち、本当にうれしいんだ!!」
笑顔が弾ける。それにつられるように思わず顔がほころんでしまう。ストレートにぶつけられる感情はどんよりと薄暗い景色を少しだけ明るくしてくれる。そんな気がした。しかし、その一方でどう返したらいいか戸惑っている自分もいた。
「それはよかった」
とは言ってみるものの、その次の言葉が浮かばない。素直にお礼を言えればいいのだろうが、エルサが子どもたちの身を案じ、カロリナが宮殿に引き入れてくれる権力を持っていたからできたことなわけで、瞳を輝かせてまで感謝されるようなことは何もしていないんだ。
「なに突っ立ってるのよ」
カロリナが背中を小突いた。
「いつも言ってるけど、たまには人の好意をちゃんと受け入れたら? 経緯はどうあれ、少なくとも、今この瞬間、この子達にとって貴方は英雄に見えているのよ。ね?」
「ちっちゃな英雄だけどな! でも、ハルトがいなかったらオレたちここにいないから、まあ、命の恩人みたいなもんか!!」
アレシュの言葉に子どもたちは何度も大きくうなずいた。それがあまりにも同じタイミングだったために内心おかしさが込み上げてくる。深く息をつくと、白色が吐き出された。
「じゃあ、命の恩人から、一言。もう物は盗むなよ」
「言われなくても、わかってるよ!!」
体の冷たさを忘れさせるような笑い声が響き合った。
子どもたちはまた列をつくり、新しいスケート靴ができ上がるのを楽しそうに待っていた。雪の中にも関わらず、カロリナが生成した燃え盛る炎が鍛治師の持つハンマーを明るく照らし、金属と金属がぶつかり合う音が一定のリズムを保ったまま繰り返される。でき上がった靴はすぐに雪と氷で冷やされ、子どもたちが履き、自然のスケートリンクでその履き心地を試す。効率的と言えば効率的ではあるのだが。もちろんそれはこの寒さに慣れている者達だからに違いない。
せっかく暖まったように思えた体もすぐに凍えてしまい、小刻みに手足を動かしていないと今すぐにでも凍り付いてしまいそうだった。
「寒そうね」
その様子を見ていたカロリナの一言。
「当たり前だ。子どもたちに会わせるのが目的だったんだろ? そろそろ戻っていいか?」
早く暖炉の側で布団にくるまりたい。いや、ここは熱いサウナにでも。
「まだダメ」
いや、もう我慢の限界なんだけど。と抗議の意志を示そうとカロリナの方へ向けた顔に木箱が突きつけられた。
「プレゼントよ、受け取りなさい」
有無を言わさず両手に押しつけられたそれは、思ったよりも重量があった。
「これは?」
「開ければわかるわ。……まあ、そうね、貴方にとってきっと役立つもの」
役立つもの……。新しい楽譜か、それとも何かの本か、はたまたコーヒー豆か。おそらくこの世界にある大半のものが集まる王宮において、その王女からわざわざプレゼントされるものなんてそう多くはないだろう。
右手の手袋を外すと、手がしびれる前に素早く箱を開けた。はたして中に入っていたのは、鉄でできた柄。変わっているのは、真ん中に型どった鷲の上下左右、東西南北にそれぞれ計4つの小孔が空いているということ。──その特徴的なデザインには見覚えがあった。
「これは……ヴェルヴ、か」
カロリナは両手を合わせ、パンッと音を鳴らした。
「正解! 前の戦いで貴方の持っていたヴェルヴは壊れてしまったでしょ? せっかくだから4つのリベラメンテをはめ込めるように特注品を頼んでおいたのよ」
「別にそこまでしなくとも、ヴェルヴは武器庫にたくさんあるんだろ?」
「ええ、そうよ。だけど、ディサナスの魔法を破ったときに4種類の属性を合わせて現象を起こしたじゃない? ハルトはたぶん、4つの属性を同時に使うことができるから、二つ穴のヴェルヴではその力が発揮できないと思うのよ。それに、それならそうそう破壊されることはないでしょうし」
カロリナが言うとおり、あのとき確かに火、水、風、土のエレメントの音楽を同時に頭の中に流して、4つの現象を引き起こすことができた。そして、そのあとに漆黒の刀身が出現して、ディサナスのフルートを破壊することができたんだ。だが。
「力か……」
蓋を閉めて、手袋をはめる。少しだけ温もりを感じた。
「どうしたの?」
「カロリナには悪いが、このヴェルヴ、できれば使いたくない。これを使うということは、また戦いが始まっているということだろ?」
「そ、そうだけど、でも!」
「わかっている。各地で起こっている騒動を鎮圧するためにも、反乱軍の動きを止めるためにも、力は必要だってことは。だけど──」
それでもこれを使う日が来なければいいと思ってしまう。平和ボケしてる、と言われるかもしれないが。
「そうね……考えてみれば人を殺めるための武器をプレゼントするなんて、どうかしてるわよね」
カロリナは小さく呟き、うつむいた。……どうにも、カロリナの悲しげな表情は苦手だ。
「いや、そうじゃないんだ。プレゼントをもらったことは、その、うれしかった」
「え?」
驚いたような漆黒の瞳が真っ直ぐに僕の目を見る。
「カロリナがいろいろ考えてくれて、その上で選んだのがこのヴェルヴだったんだろ? カロリナらしいプレゼントだと思ったし、スケート靴と同じように特注品だろ? これ。護身用で持っておくのは悪くないよな」
後半は自分でも何を言ったらいいのかわからなかった。瞬き一つせずじっと見つめられると、どうしても責められているような気分にさせられてしまう。
空から雪が舞い降りてきていた。ちらちらと頼りなく風に揺られ動くそれは、ゆっくりと雪面に降り立ち、真白のなかに吸収されていく。
カロリナは、今気がついたかのように「あっ」と声を出した。
「ご、ごめんなさい。少し驚いてしまって」
驚いた? 何をだ?
「その、まるで見てきたみたいにわかってくれていたから。コーヒー豆とか楽譜とか、いろいろ考えたんだけど、やっぱりヴェルヴがいいんじゃないかと思って。確かに王宮にはたくさんヴェルヴはあるけど、ハルトの身を守るには心許ない気がしたのよ。それならハルト専用のハルトにしか使えない強力なものがあればって注文しておいたの。私がいれば守ってあげられるけど、この先そうじゃない場面も出てくるかもしれないから、大事なハルトの身をまも──」
急に話すのをやめたと思ったら顔の前で何度も手を振った。
「ち、ちがっ! 大事な、そう! 大事な私の執事としてのハルトの身を守ってほしいと思ってあげたのよ。あなたがいないと本当に大変なんだから! わかったら、ちゃんと感謝すること、いい?」
「いや、なんでちょっと怒ってんだよ。顔も赤くなってるし」
「うるさいわね。とにかく、受け取りなさい。はい、おしまい。私は子どもたち見ていないといけないから、先に宮殿に戻ってて」
そう言うと、カロリナは足早に湖面付近にいる子どもたちの元へと歩いていった。釈然としない気持ちに襲われたが、ため息でそれを解消すると、僕も宮殿へと急いで戻っていった。
木箱の中でヴェルヴが音を立てて揺れる。
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