第32話 ギルドの流儀
ゾーヤが3階へのドアを開けると、急に明るい光が飛び込んできた。明るさの正体は天井に吊るされた大きなシャンデリアが発する光で、薄闇に慣れていた目にはひどく明るく映る。
「ここは貴族、王族の方々専用のフロアです。貴族と言ってもどんな方でもというわけではなく、ある程度信頼のおける方々専用ですけれども。左手には高級店舗が、右手には交流スペースが、そしてこの中央の部屋が受付兼ギルド長室になっております」
ゾーヤが高級店舗と言うのもうなずける。外観に合うように各店を仕切る壁は全て染み一つない真っ白で、店員もドレスコードと洗練された印象を与える。ぽつぽつと来ている客人もきらびやかで上等な服を着ており、明らかに階層が上なのがうかがえた。
「ここも、窓が一つもないわね」
ルイスが独り言のように呟くと、ゾーヤがパンッと手を叩いた。
「さすが鋭いですね! 襲撃があった場合に備えて侵入をなるべく防ぐようこのような作りになっております」
「襲撃……なんてされることあるんですか?」
素朴な疑問だった。魔物もいない平和な街にそんな事件が起こるとも思えない。確かに選抜試験のときには治安が悪化してると言われていたが、こんな猛者達が大勢いるようなギルドを狙う人間なんているんだろうか。1階にいた、いかにも旅人という感じのギルド員の姿が思い浮かぶ。
「やだな~備えですよ備え。まあ、戦争にでもなれば別ですけどね。ギルドって見方を変えれば武具の宝庫ですから、狙われる優先順位も高いのではないかと」
ゾーヤは眼鏡を押し上げると、中央の部屋のドアをノックした。
「はい」、と中から冷たい響きが返ってきた。
「ゾーヤです。お客様をお連れいたしました」
「わかった。入ってもらえ。お前は受付に戻っていいぞ」
「かしこまりました。それでは、どうぞ。ーーあっ、最後にハルト様にルイス様、身分を追われるようなことがあればぜひともギルドへどうぞ。お2人なら即戦力になりますので、お待ちしております」
「悪い冗談ね。待たなくていいわよ。そんなことは起こり得ないから」
ルイスの冷笑に、ゾーヤはにこりと微笑むとドアを押し開いた。促されるままに中へ入ると、 金髪を後ろになでつけオールバックにした女性が机の前に冷然と立っていた。
パタン、と後ろのドアが閉じると、柑橘系の香りがふわりと漂った。
「私がギルド長のソフィア・オーグレーンだ。君達は……ハルトにルイスだな。あのニコライ執事長の使いで来たんだろ」
「あっ、そうです。ニコライ執事長から──」
「何か王宮の買い出しだろ? そろそろと思って用意はしておいた。そこの長椅子に置いてあるから持ってってくれ」
指差した方向を見ると、長椅子にぎっしりと品物を詰め込んだサンタクロースの袋のような白い袋が3つ置かれていた。
「ちょっと待ちなさいよ!」
ルイスは急にいきり立つとオーグレーンギルド長へと詰め寄った。
「なんだ? お金のことか? それならのちほど請求書を送るから心配しないでいい」
「違うわよ! 会ってそうそう乱暴な物言いですぐに帰れだなんて、いくらなんでも横柄なんじゃないの?」
ギルド長は机の上に腰掛けて脚と腕を組んだ。ゾーヤと同じくらいの細い体だ。
「さすが噂通り、なかなかプライドが高いな、ルイス嬢。そんなに貴族らしさが重要か?」
冷たいグレーの瞳がルイスを見据える。横に引いた口元はこの状況を楽しんでいるようにも見える。
「貴族らしさとかうんぬんではなく、初対面の人をぞんざいに扱うのがあなたの仕事なのかしら?」
対するルイスも負けてはいない。負けん気の強さは一流だからな。
「悪いがこれがここの流儀なんでね。優しいニコライ、いや、あのクソジジイはここのことを教えてくれなかったのか?」
「ク……なんですって! 言うに事欠いてク……と、とても私の口からは話せない言葉を! もういいわ! ハルト! 私達でお店をまわりましょう! こんなやつが用意したものなんて何が入ってるかわかったもんじゃないわ!!」
怒りのままに踵を返して帰ろうとするルイスを僕は手で制すると、何かを窺うように僕を見るソフィアに頭を下げた。
「ハルト! なにやって──」
「失礼しました。ソフィア・オーグレーン様。いえ、スルノアギルドの流儀に習うならばソフィアと呼んだ方がいいか?」
ソフィアはふっと笑みをこぼすと立ち上がり、僕の前に歩み寄ると手を差し出した。
「いや、こちらこそ失礼した。ハルト殿」
出された手を思い切り強く握る。
「むっ、痛いぞハルト」
「失礼なやつには思い切り強い握手をするのが僕の礼儀なんだ」
「そうか」
ソフィアは離した手を軽く上下に振ると、また机の上に座った。
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