第33話 貴族と魔法の才
「いや、すまなかった。君らが信頼できる人物かどうか試したくてね。ここでは、貴族だろうが一般人だろうがみな平等に同じ人間として扱うことにしている。ハルト、君は合格だ。が、ルイス嬢、君はダメだな」
「ふん、あんたに気に入ってほしくなんかないわ!」
そっぽを向いたルイスに「やれやれ」と息を吐くソフィア。
「ルイス嬢。ここのドアをノックしたときのゾーヤの声は明るかった。あれは誰にでも同じようにバカ丁寧に接するが、君らのことを気に入ったということだ。本来、君はこちら側の人間じゃないのか?」
どういうことだ? 横にいるルイスの顔をちらりと見ると、一瞬だが顔が強張っているのが見て取れた。
「何度も言うけど、こちら側とか、貴族とか、関係ない。私たちを試したようだけど、それ自体が人を馬鹿にしてるわよ。ソフィア、あなた、嫌な性格と言われない?」
ソフィアはクスッと小さく笑った。
「よく言われる。なるほど、その歯に衣着せぬ物言いは気持ちがいいな。ルイス様」
「今さら、もうルイスでいいわ。それじゃあ、この袋持っていくわね」
手早く荷物をまとめると、2つの袋は僕が、残った1つをルイスが抱きかかえるように持った。
「中身の確認はいいのか?」
「いいわ。何か問題があればあなたに連絡がいくだけ」
「そうだな。そのときはお手柔らかに頼む」
ドアノブを回すと、「あっ」と思い出したようにソフィアが声を上げた。
「ハルト。お前のいるそっちの社会ってのは、きな臭い社会だ。何が起きてもおかしくない。一応、これだけは覚えておけ」
「ああ。さっきもゾーヤに同じようなことを言われたよ」
僕はゆっくりと振り返ってその芯の強そうな瞳を見つめた。
「よいしょっと……」
青空の下に出ると、ルイスは袋をギルドの壁に立て掛け、ここへ着いたときと同じように大きく腕を伸ばした。
「それにしてもゾーヤといいソフィアといい、くせのある2人だったな。ギルドに所属している人ってみんなあんな個性的なのか?」
「そうね」
「ギルドにも勧誘されるし、でもまあ、万が一仕事にあぶれたらここへまた来てみるか」
「そうね」
「ルイス?」
僕の話をまるで聞いていないのか、ルイスは右手をかざしてまぶしい日差しを見つめていた。空に何があるわけでもない。あるのは、ただ、太陽が浮かぶ青空のみ。
突然、ルイスは振り返った。
「ねえ、ハルト……私ね。本当は貴族じゃないの」
「……え?」
突然の話になんのひねりもない返答をしてしまった。
「さっきソフィアが言っていたでしょ? 『もともとこっち側の人間なんじゃないか』って。あれはその通りで、私は貴族出身の人間じゃないのよ」
「でも、バルバロッサって……有力貴族だって……まさか」
その名を冠するから、疑いもせずにルイスはバルバロッサ家出身だと思っていたが、名を持つと言っても血は必ずしもつながっている必要はない。
燃えるような赤い瞳が僕の目をじっと逸らさずにうなずいた。
「そう……私は養子なの。元々は農家をしていた両親のもとで生まれ育った。魔法の才が特別あったから、10歳のころにバルバロッサ家に引き取られた。今の義両親は、どうしても子どもができなかったから」
「えっと……」
何と言っていいのかわからなかった。マリーやカロリナと違って、ルイスのことをそこまで深く知っているわけでもないし、ましてやついさっきまで苦手──いや、嫌いだとすら思っていた人間なんだ。
「変な話してごめん。ソフィアの話と、ちょうど引き取られたのがこの収穫祭の時期だったから、つい、ね」
ルイスはくるりと向きを変えると、また空を見上げた。
「そうよ収穫祭――あのときに私、初めてカロリーナ様と出会ったんだ。不安でいっぱいだった私に当たり前のように接してくれて、魔法を披露してくれた。祭りを照らすどの灯よりもずっと明るくて輝いていたあのドラゴンを……カロリーナ様は覚えていないだろうけど」
「……だから、カロリナに憧れているのか」
──そして、カロリナに似ているのか。
「そうね。そうだわ。カロリーナ様は私の憧れで目標。あながち、ハルトの指摘も間違ってないかもね」
そう言うと、ルイスは急に吹き出した。
「なんだよ!」
「なんでもない! ほら、さっさと馬車に戻ろう」
そっちがわけもわからず笑い出したんじゃないか、と心の中で突っ込みつつ石床に置いた袋を拾い上げようとすると、突然何かがぶつかってきた。
「兄ちゃん、ごめん!」
そう叫んだ声の主は次の瞬間には人ごみの中に紛れていった。かろうじて視界の隅にとらえられたのは年端もいかないおそらく少年。
「ハルトっ!!」
急にルイスが大声を上げた。
「今度こそ、なんだよ!」
「あの子、袋から何か持ってったわ!!!!」
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