フェルマータ〜2人のノート〜

ノートの思い出

 「スルノア王宮防衛戦」──誰が呼び始めたのかわからないあの戦いは、まるで嘘だったのかなって思うくらい透き通った青空が広がっていた。


 私は、青空が好きだ。晴れ渡った明るい空の下では空気もおいしい気がするし、気分を明るくさせてくれる。そして何よりも降り注ぐ雨は、どうしても昔のことを思い出してしまって嫌だった。


 雨──目の前で降り注ぐ雨は私の魔力でできていることはわかっていた。それなのにどうしても止めることはできなくて、どんどんと勢いを増していく。お父さんとお母さんがなんとか止めようと様々な魔法を唱えるも、雨は止めることができなくて、私は何度も、何度も「逃げて!」と叫んだ。怖くなって、頭の中が真っ白になって、私は──。


 心臓の音がドキドキとうるさい。澄んだ青空を見上げて大きく息を吸うと、少しだけ気持ちが落ち着いた。今でもあの日のことを思い出すと、胸が痛くなる。


(! ……あった)


 戦場になった宮殿前広場では着々と収穫祭の準備が進められていた。魔法で舞台が創られて、街中から集まった人たちがお店を作り、品物を運んでいく。この場所はきっと大昔からずっと、いろんな記憶を塗り替えてきたのだろう。良いことも悪いことも、全部。だけど、みんなこうして過去を乗り越えて新しい未来を創ろうとしている。


 その舞台からポツンと離れたところに一冊のノートが捨て置かれていた。装丁は壊れて紙はバラバラになっているけど、拾い上げて中身を確認すると、びっしりと書き連ねた私たちの字があった。私と、ハルトの2人の字。


(よかった。無事だった)


 私はノートを胸に抱くとぎゅっと抱き締めた。ハルトは魔力を使い果たしたのか、深い眠りについている。暴走したときの私のように。


 改めてノートを開いて会話を確認していく。ハルトと出会ってからノートを書き始めてから実はまだそんな時間が経っていない。もう何年も一緒にいる気がするけど、会話を重ねたのはまだまだ少しの間だけ。


(早く、ハルトと話がしたい。今度は、私の声でハルトに言葉を届けられる)


「マリー! ノート見つかった?」


 急にかけられた声にびっくりして振り返ると、カロリナ姉さんが立っていた。綺麗で優しい微笑み。カロリナ姉さんはいつも私を見守ってくれている。でも。


「……どうして?」


「マリーがノートを探しているのがわかったかって?」


 カロリナ姉さんは意地悪い笑顔になる。私は、コクンとうなずいた。


「マリーの行動見てたらわかるわよ。あちこち探し回ってるみたいだったから」


 そう言いながらカロリナ姉さんが私に近付いてくる。姉さんのローズの香りがそっとかおった。


「マリー。はい。私からあなたへのプレゼント」


 差し出されたのは薄い本だ。


「だけど……どうして?」


「うーん、まあ、そうね。魔法が使えるようになった記念? それにあなたの魔法のお陰でこの城を守り切ることができたしね。あなたの歌声はとっても綺麗だった」


 恥ずかしくなって軽く頭を下げて、本を開く。何も書かれていない真っ白なページが広がっていた。


「これは?」


「新しいノートよ。もしかしたらもう、必要ないかもしれないけど」


「新しいノート」


 私はお礼を述べると、カロリナ姉さんからもらった本をまじまじと見た。  

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