第18話 反乱の糸口
「なぜ、ハルト隊長の意見を申し上げなかったのですか?」
シグルド王子が楽器室を出たあと、胸元から取り出した黒縁眼鏡を掛けながらゾーヤは聞いてきた。
「意見なら今言ったじゃないか」
眼鏡の奥の瞳が怪しく光った。
「ソフィア様に認められたハルト隊長があんな傍観者的な意見を述べるわけがありません。何か理由がおありなのでは?」
さすが密偵だけあって感性が鋭い。
「ハルト隊長。私の仕事は全て信頼関係の上に成り立っています。それも隊長と部下という間柄ならなおさら。たとえシグルド様に話せない事情がおありだとしても、私には全て話していただかないとこの仕事を続けるのは困難です」
ゾーヤの顔から、出会ってから初めて笑顔が消えた。真剣な眼差しからは鉄のような強固な意志を感じる。
「……わかった。考えていることをすべて話そう。確かにその上で調査を続けた方がよさそうだ」
「その通りです。ありがとうございます」
ゾーヤの顔に再び笑顔が戻った。僕はそこにあった背もたれのない丸椅子に、ゾーヤはシグルド王子が座っていた長椅子にそれぞれ腰かける。
「僕は、反乱軍とつながっているのは、バルバロッサ卿ではないかと考えている。理由の一つは、ゾーヤも知っている通り、この間の両者の言動を見比べて、バルバロッサ卿の動きになにか作為的なものを感じるからだ」
「王宮防衛線の作戦会議の際の発言ですね。確かに教育大臣という立場を超えて、執拗なまでにハルト隊長を前線に立たせようという何らかの意図が見て取れますが、ルイス嬢が選抜試験にて隊長に破れたことへの嫌がらせとも見ることができるのではないかとも」
嫌がらせで死地に送られるなんてたまったもんじゃないが。
「もう一つ理由がある。これこそが、シグルド王子に秘密にされている情報だが、王宮奇襲の情報を伝えたのは、あのエルサ様なんだ」
「え? エルサ様、ですって? 王国第二王女、『悪魔の手』と称されるあのエルサ様ですか?」
さすがのゾーヤも目を丸くする。それもそうだろう。この事実は、僕とカロリナ、そして執事長の間にだけ共有されている情報なのだから。
「そう、間違いなくエルサ様だった。カロリナと瓜二つのその顔は間違いようがない」
ゾーヤの灰色の瞳が瞬く。
「なぜ、報告しないのですか? エルサ様の消息は王国全体に関わる問題。捜索命令も出されているはずです」
「カロリナの判断だ。『エルサは何か理由があって放浪しているのだと思う。この手紙もシグルド王子ではなく私宛だった。だから今はここで留めておきたい』とのことだ」
「カロリーナ様がそう思われるなら、その判断に従わざるをえません。ここからの話、聞かなかったことにしますね。それで、そのエルサ様に軍事演習のことを伝えたのが、ブラント様だと考えていらっしゃるのですか?」
頭の回転が恐ろしいほどに速い。ただおしゃべりなだけではないようだ。
「そう。オーケ先生は、スルノア市に滞在していたエルサ様に報告するために向かったのではないかと。しかし確証はないし、エルサ様のことはまだ秘匿しておかなければならない」
「では、先にバルバロッサ様が反乱軍と接触しているという確たる証拠をつかみましょうか?」
こともなげに提案すると、ゾーヤは立ち上がった。
「いや、同時にオーケ先生のことも調べてくれ。反乱軍とつながっていないという確証がほしいし、オーケ先生の動きがわかれば、エルサ様の行動が見えてくるような気がする。こっちはこっちでオーケ先生の様子を窺う。それと、ディサナスからの情報も得ないとな」
「ふふ。やることが多いですね、隊長」
労うような柔らかな笑顔に思わずため息が漏れ出た。
「まったくだ。これじゃあ講義に集中できやしない」
相も変わらず成績は全く上がらないというのに──。
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