第17話 諜報部隊「タセット」

 シグルド王子から内通者の調査や情報収集を専門とする諜報部隊、通称「タセット」の部隊長を任されたのは、王宮防衛戦が終わってすぐのことだった。命令されたからと言ってすぐに引き受けたわけではない。孤児達の身の安全を保障することを条件に任務を引き受けた。


 秘密裏に集められたメンバーは諜報や暗殺のスキルに長けた者たち。その面々を紹介されたときにも衝撃が走った。


「こんにちは、ハルト様。いえ、ハルト隊長とお呼びした方がよろしいでしょうか? 個々で暗躍していた私達が秘密裏とはいえ、正式な部隊となって嬉しいです」


 ゾーヤ・チェルニーコヴァーは、ユセフィナギルドのギルド長ソフィアの特別秘書だ。表向きは。しかし、裏では一定の戦力や様々な情報が集まるギルドと、スルノア国随一の都市であるスルノア市の安定を保つために働く密偵の顔を持つ。ゾーヤ曰く、何かコトが起きればソフィアとともに国の手足となります、とのことだ。


 王宮防衛戦の際に問題となった事柄として、なぜ、外部に知らせていなかったはずの軍事演習のときを見計らって攻め込んできたのかという問題があった。このときの演習は、治安悪化を食い止めるための実力を高めるためという理由がその背景にあり、具体的な演習の日時、内容は軍関係者以外には知らされていない──はずだった。ところがその情報は少なくとも2人の人物には知られてしまっていたことになる。


 それが、今回攻め込んできた旧王国軍准将のアルヴィス・リーカネンと、急襲の一報をもたらしてくれたカロリナの双子の妹で、過去の戦争から宮殿を離れた王女エルサ・カールステッドだ。反乱軍が攻めてくることを伝えてくれたエルサはともかく、アルヴィスにまで情報が渡っていたということは、誰かが現王家打倒のために意図的に漏らした、つまりは内通者の存在の可能性も十分考えられる。


 その調査に適任だったのが、ギルドや街の情報にも詳しいゾーヤだった。


「バルバロッサ様とブラント様。両者に共通するのは、反乱軍が王宮に攻め込んだ日の直前に、街で歩いている姿を目撃されたということです」


 シグルド王子は椅子に座ったまま、その長い脚を優雅に組んだ。


「しかし、そんな人間、宮殿にはたくさんいるはずだ。収穫祭の準備やそのほかの用事で多くの人が街へ繰り出していた」


「ですが、徒歩で向かったとなるとその人数は限定されるのではないでしょうか」


「徒歩だと?」


 ゾーヤは笑顔をさらに広げると、大きくうなずいて見せた。


「わざわざ言うまでもないですが、みなさん王宮の方たちは馬車で街まで向かいますよね。歩いていけないことはないでしょうが、かなりの距離ですから。しかし、馬車に乗る場合、必ず御者の記録に乗ってしまう。秘密裡に徒歩で宮殿を後にすれば、少なくとも公式の記録には記載されることはなくなります。そこで、シグルド王子が軍事演習を発表した日から王宮防衛戦の前日まで、御者がつけていた記録と私が街で収集した目撃情報とを突き合わせてみました。すると、バルバロッサ様とブラント様の名前はありませんでした。記録に名前がないのに、街で目撃されていたということは、王宮から徒歩で街に向かったと考えられます」


「成る程。有力な証拠だな」


 シグルド王子は、無表情のままで言った。


「ただ、お二人のどちらが反乱軍とつながっているのか、あるいは両者ともに反乱軍とつながっているのか、そこまでのことはわかりません」


「ハルトが捕まえたディサナスから聞き出した情報によると、黒いフードの人物がたびたび反乱軍に接してきたらしい。顔を見せないようにフードを被っていたのだろうが、それがバルバロッサかブラントのどちらかという可能性は高いだろう。どう思う、ハルト」


 チラリと横目で窺うように僕を見る漆黒の瞳。それに目線を合わせようとするも、すぐに逸らされてしまった。


「私は――」


 オーケ先生が反乱軍とつながっているとは考えづらかった。仮にそうだとした場合、あのとき、あの戦場で生きることを諦めた僕を奮い立たせるようなことをする必要はないだろう。怪しいのは、明らかにバルバロッサ卿だった。言葉巧みに学院の生徒たちをも戦闘に参加させ、稀人だと言って僕を前線に置くよう仕向けたあの上辺の笑顔の裏に、どんな思惑が隠されていてもおかしくはない。――それに、これは感情論だが、親身になって指導してくれている先生を、生徒のために権力にすら異論を述べられる先生を、信じないわけにはいかなかった。


「もう少し慎重に探るべきかと思います。ディサナスとの面接もまだ中途ですし、各地で反乱軍が動き出しているのであれば、そちらから見えてくる情報もあるのではないかと思います」


 しかし、その理屈をまだここで述べるわけにはいかない。もう一つ考慮すべき材料――エルサからの手紙がシグルド王子には伝わっていないこと――が残っているからだ。


 僕の当たり障りのない意見に対して、沈黙が訪れた。シグルド王子は何かを考えているのか、さきほど弾いた鍵盤に視線を落とす。


 やがておもむろに立ち上がると、シグルド王子は口を開いた。


「では、情報収集を急げ。敵は待ってはくれまい」

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