第47話 投降

 その問いにはまともに答えることができなかった。殺したくないという気持ちはあったが、それが臆病風から来るものなのか、打算から来るものなのか、はたまた別のものからなのかわからなかったからだ。


「答えられないの?」


 その髪と同じ薄青の瞳が追及してくる。


「……ああ」


「そう」


 とボソッと呟くと、ディサナスは静かに目を閉じた。同時に周りを覆う氷に亀裂が入り、砕け散っていく。


 魔法が解けたのだ。


「抵抗はやめた。私は、どうしたらいい?」


 再び開いた瞳には今までとは違う色が浮かんでいた。ぼやけた景色を眺めていたような目は、澄んだ光を宿し明確に僕をとらえていた。


 しかし。


「どうしたらと言われても」


 とりあえず捕虜扱いなのか? 動かないように何かで縛っておくべきか。


「ハルト!」


 悩んでいた僕の後ろからカロリナの声が弾ける。


「ああ、カロリナ」


「ああ、じゃないわ! 急に体の寒気が消えて、氷も破壊されたみたいだけれど、その子魔法使えなくなったの?」


 いつものような早口でまくし立てるカロリナの顔は上気したように赤みが戻っていた。


「フルートは破壊した。が、中級魔法は使えるかもしれない。本人はたぶん投降したようなんだが、後の判断は頼む」


「たぶん投降ってなんなのよ」


 カロリナからも厳しい追及の目が向けられた。とは言え、自分自身がよくわかっていない状況を説明できるはずがなかった。


 カロリナはため息を一つ吐くと、


「わかったわよ。事情は後で聞くとして、まずは貴女を拘束します」


 と言って、片手を胸の前に突き出し魔法を詠唱した。赤色の縄が出現し、後ろ手にしたディサナスの身体を縛る。


「窮屈かもしれないけど、このまま牢に入っててもらうわ」


 ディサナスは本当に抵抗するでもなく素直にカロリナの指示にうなずいた。


 大きな悲鳴が上がったのは、まさにそのときだった。


「何!?」


 振り返ると、今まで空高くを飛行して動かなかった魔物の大群が地上に向かって一斉に降下を始めていた。突風が吹き荒れ、生徒らの中には身体を支えきれずに飛ばされる者もいる。


「カロリナ! ディサナスは任せた! 僕は先に行く!!」


 まだ残っている足場へ跳び移りながら地上を目指す。一際大きい魔物──黒い鱗に覆われた巨体に背中に生えた2つの羽、ドラゴンだ──が地面すれすれを滑空し、開けた地面へと降り立った。


 大剣を背にした屈強な男がドラゴンから降りたのは、僕が地面へと到着したときとほぼ同時だった。


 男は上体を反らすと全員に聞こえるように声を張り上げた。


「私は! アルヴィス・リーカネン!! この場において君達に投降を進めたい!」


 宮殿前は嵐が来る直前のように大きくざわつき、あちこちで「投降!?」、「アルヴィスだって!?」などと興奮したわめき声が発せられた。そんななかで冷静な声とももに馬が近寄り、男に対峙する。


「旧王国軍アルヴィス将軍! すでに同胞を何人も殺して投降とは。我が軍が受け入れるとお思いか!」


 フェルセン中将は怒りを隠すことなくぶつけた。ようやく中将の横に並び、その顔を窺うと眉間にしわを寄せ、口は横一文字に結んでいた。


 敵も一歩前に進み、笑みをこぼす。かくばった顔にオールバックの銀髪。


「久しいなフェルセン。単純なことだ。こちらの力を見せつけてから脅した方が効果が高いと思ってな。本当は地上部隊の魔物共だけで充分と思っていたのだが、予想に反してそこの──」


 魔物を思わせる鋭い眼光が僕に注がれる。手に持った黒剣に思わず力が入る。


「稀人に瞬殺されてしまったからな。ハル、トと言ったか、まさか君が前衛に出てくるとは思わなんだ。誰の案だ?」


「あれ? 聞かなくてもわかってるでしょ、そこの稀人くんの作戦だよ」


 な……に……? 急に現れたそれに目が引き付けられた。剣を軽々と握り、全身が血にまみれたそれは、グラティス。


「あっ、大丈夫だいじょうぶ~ほら、女の子たちはまだ殺してないから。おいで、ヴァインズ」


 空中からゆっくりと降りてきた魔物の背中にはルイスとその取り巻き──アニタとドリスが縄で縛られた状態で乗せられていた。


「ルイス!!」


 ルイスの力強い瞳が僕を見た。意識はあるが猿ぐつわまでされて何を言っているのか聞き取ることはできない。


「なかなかいい時間稼ぎだったよ。ディサナスまで殺すなんてやるじゃん!」


「ほお、ディサナスを殺ったのは君か」


「そもそも、カロリーナ・カールステッドを後ろに配置して空からの攻撃に備えるなんて普通は思いつかないよね~稀人くんのいた世界がどんなだか知らないけど、そっちの世界では空を飛ぶのが当たり前なのかな?」


 体の震えがどうしても止まらなかった。恐怖ゆえではない、はっきりと感じる純粋な怒りからだ。

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