第51話 宴
目を開くと、暗がりが広がっていた。シャンデリアに灯された明かりが心を落ち着かせる。
「そうか」
ベッドから起き上がり、窓際のテーブルに置かれた水をカラカラに乾いた喉に流し込んだ。
戦いが終わって倒れた僕を誰かがここまで運んでくれたのだろう。
コップをテーブルに戻し、指の感覚を確かめる。大丈夫、まだ、ちゃんと生きている。
窓の外から炎が見えた。何事かと窓を開けると、人々の歓声と談笑が耳に飛び込んできた。
「そうだ」
きっと収穫祭。急に城に攻め込まれるという事件が起こったためにすっかり忘れていたが、収穫祭が間近に迫っていたんだ。カロリナやルイスが楽しそうに語ったあの祭が。
僕はすぐにクローゼットから執事用の燕尾服を取り出し部屋を出た。きっとマリーも参加しているに違いない。
綺麗に磨かれた宮殿の中を早足で進む。とにかく今はマリーに会いたかった。なぜ、あのタイミングで起きたのか、なぜ、魔法が使えるようになったのか、なぜ、声が出せるようになったのか、聞きたいことはたくさんあった。話したいことも。
「おぉ、起きたか! ハルト」
入口付近にいた執事長が僕の顔を見るなり近寄り、嬉しそうに肩を叩いた。
「本当は執事であるハルトにも仕事をと思ったのじゃが、幸い人手は足りていての、思う存分祭りを──」
「話の途中、すみません執事長。マリーを知りませんか?」
「マリー様か? 確か皆と一緒に祭りに参加していると思ったが」
「ありがとうございます!」
会話を打ち切ると、すぐに人が多く集まっている長机へと向かう。あちこちに配置された焚き火が夜闇を明るく彩り、集まった人々の顔をオレンジ色に照らし出していた。
ある人は両手に持ちきれないほどの食べ物を抱えて、ある人は酒を浴びるように飲み、またある人は歌い、ある人は大声で語り合い、心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべて過ごしている。
その中から小さなマリーを探していると、目の前にコップに並々注がれたビールが現れた。
「よ! お疲れ!」
横を向くと、いろいろありすぎて懐かしい顔になってしまったエドがにやにやと半笑いしていた。
「エド!」
「エドガー・フォルシウス、ただいま帰還しました」
いつもなら遅いと突っ込んでいるところだが。
「悪い。マリーがどこに行ったか知らないか?」
エドはもう片方の手で大事そうに握るビールを傾け、美味しそうに喉奥に流し込む。
「おいおいつれねーな。話聞かせてくれよ、大活躍だったんだって? 王宮防衛戦!」
「あとで話すからマリーの──」
「わかったわかった! ったく、大事なのは友情より愛情ってことか? マリー様なら、さっきまでカロリナ様と話してたぞ」
「カロリナはどこだ?」
「あそこだよ」
コップを持ったまま小指を突き立てて、エドはその場所を示してくれた。横に連なるお店と机と焚き火の奥に、一段大きな石畳が設置されている。
真っ赤なドレスを身に纏ったカロリナは、その石畳の中央で優雅にピアノを弾いていた。指が軽やかに鍵盤を弾くたび、夜空の中に花火を連想させる鮮やかな炎の造形物が生まれる。
そこへ足早に近づくと、ふっと演奏が止まった。
「ハルト!!!」
カロリナが、ガタンと椅子を倒して裏返った声で叫ぶものだから、全員から注目を浴びる。
「ハルトだって!? あれが噂の『黒剣のハルト』か! おい、みんな! 王宮を守った英雄のお出ましだぞ!!」
観衆の一人がはやし立てると、一斉に拍手と歓声が沸き上がってしまった。だが、今はそれどころじゃない。カロリナの傍へ近寄り、耳元でマリーの居場所を聞く。
「マリーね。そうよね、まずはマリーよね」
なぜか少し悲しそうに聞こえたが、カロリナも僕の耳元に口を寄せ「教会の方よ」と小声で教えてくれた。
「おぉい! なにやってるんだカロリーナ様! 早くハルトを紹介してくれよ!!」
「あっ、まずいわね……。いいわ! 行って! 私がみんなを引き留めるから! その代わり話が終わったらきちんと戻ってきなさい」
再び奏で始めたピアノの音色を聞きながら、教会へと走る。
「ようやく目覚めたの? マリー様が中で待ってるわ」
校舎の入口ではルイスが壁に背を当ててたたずんでいた。
「全く起きるのが遅いのよ。ずっと待っててバカみたいじゃない」
「何が?」
「なんでもないわよ! ほら、早く行った行った!」
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