第8話 個性的すぎる2人
長期滞在する王女のために特別にあつらえられたゲストルームは、特別に暖かかった。これくらい暖かければ毎夜毎朝寒い思いをしなくてすむのに。
湖側に取り付けられた窓からは、今は一面の雪景色しか見ることができないが、雪が溶ければ光によってキラキラと輝く透明なブルーの湖面に、煉瓦で構築された美麗な王立魔法学院の校舎といった絵に描いたような景色が見下ろせるだろう。淹れたてのコーヒーを飲みながら見る景色としては最高に違いない。
「本当に久しぶりね、クラーラ」
深みのある赤色の椅子に座ってその景色を眺めていたクラーラ王女に向かって、カロリナはくだけた調子で話しかけた。
「ええ、久しぶりですね。カロリナ。この前あったのは確か、両国の共同演習のときでしたから、2年前くらいになりますでしょうか」
来客に向けたその笑顔は、形式的でも儀礼的でもない本物の微笑みのように見えた。きっと、互いに王女という身分、知的関心が高いことなど共通項が多いんだろう。
王女は、その視線をカロリナから僕に移した。
「そして、あなたがハルト殿ですね。カロリナから手紙で聞いています。なんでも稀人だとか」
その瞳が怪しく光り、なぜか背筋に寒気が走る。こいつは、いやこの方は丁寧な物言いとは関係なく、予想通り個性的な人間に違いないと、直感する。
「カロリーナ・カールステッド、スルノア国第一王女専任執事のハルトです」
そんな思いを表に出さないようにあいさつすると、王女はふふっと笑った。笑顔はやはり素敵だと思う。
「緊張しているのですか? カロリナから私の話を聞いているのかもしれませんが、誰かさんと違って取って食ったりしませんから、ご安心ください」
そこで咳払いが起こり、会話が中断される。一歩引いて見守っていたおそらく王女の護衛だろう、グレイがかった茶色のショートヘアが似合うスリムな女性だ。
「それは私のことでしょうか?」
王女は愉快そうに口を歪ませた。
「誰も貴女のこととは言っていませんクリス。ですが、自ら名乗りを挙げたということはその自覚はあるんですね?」
クリスと呼ばれた女性は、肩をすくめて抗議の意志を示す。その仕草はとても様になっていた。
「私はただ王女を護衛しているだけです。悪いのは王女に気安く近づいてくる輩かと」
「なるほど。では、このハルト殿はどうですか? 稀人というだけで魅力的に思えますが」
クリスは隠すこともなく堂々と品定めをするように、その鋭い視線を上下に這わせた。王女とはまた違う危機感と不安感が襲う。
「ふむ。少し細身ですが、若くていい体つきをしていますね。なによりも中性的でかわいらしくその上異国感溢れる顔は、私好みです」
「なかなか好評価ですね」
やめてくれ。
「そのちょっと嫌そうな顔もそそるものがあるな。どうかな、ハルト殿、今夜互いの剣でお手合わせでも──」
「やめてください!!」
声を荒げたのはカロリナだった。顔を真っ赤にさせて、気性の荒い猫のように怒りを顕にしている。
「ハルトは私の執事です! 変な誘惑をしないで!!」
と、カロリナが告げたとたん。王女とクリスは申し合わせたように吹き出した。笑い声が部屋中に響く。
ひとしきり笑い終えると、王女は満足気に大きく息をついた。
「ごめんなさい。冗談です、カロリナ」
「じょ、冗談ですって!?」
怒りをみなぎらせた表情のまま王女に詰め寄るカロリナ。対して王女は和やかな微笑みを浮かべたまま。
「カロリナからいただく手紙の内容がハルト殿のことばかりだったので、からかったらどんな反応になるのかとクリスと話してたんですわ」
「そうそう。ま、気に入ったのは本当なのだがね。ハルト殿さえよければ」
「お断りします! ハルトは私の大事な執事ですから!」
僕がそう言うよりも早くカロリナは声を大にして答えた。なにもそこまでムキにならなくともと思うのだが。
「さて、挨拶はここまでと致しまして何かお話があるのでしょう? お聞かせ願いますか?」
王女は
「話せば長くなるんだけど、単刀直入に言うと会ってほしい人がいるの」
「会ってほしい人……ですか。私は、ハルト殿のこと、ハルト殿のいた世界のことをもっと詳しく知りたいのですが、それに匹敵するような特別な何かがその方にあるのですか?」
「その人物は、冷たい炎を扱うフルート奏者です。不協和音の使い手──そして、複数の人格を持った人物です」
王女の目の色が変わった。
「不協和音の魔法。聞いたことがあります。単音、またはハーモニーを奏でることによって4つの属性に基づく現象を発動させるのが音楽魔法。その逆に不協和音によって発動する魔法は、通常では起こり得ない現象を引き起こす。そう、冷たい炎のように」
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