第16話 ヴェルヴ・カンタンド

 ふっと目を開けると、カロリナの顔が目の前にあった。瞬く瞳はやけに優しげで、顔にかかる黒髪がくすぐったかった。


「目が覚めた?」


 起きたばかりのまどろみのなか、そう声がかかると顔から黒髪がゆっくりと引いてカロリナは立ち上がった。


「だいたい一時間くらいね。眠っていた時間よ。微動だにしないあなたをベッドまで運ぶのは、さすがにニコライも大変そうだったわ」


 確かに床で倒れていたはずなのに、今はベッドで寝ていた。服の破れは残っているが、傷は驚くほど薄くなっており、服に着いた葉や土にいたっては洗い落としたように綺麗に取り除かれていた。


「自然治癒力を高めたのよ」


「高めたって……いくら水のエレメントだからと言ってもそんなすぐに傷が癒えるなんて聞いたことないよ」


 複数人の合奏ならできるかもしれないが。


「ところがこの曲は特別製なのよ。癒しの効果を何倍にも高める曲。まあ、私の確かな腕のおかげでもあるのだけど」


 そのドヤ顔にはほんの少しだけイラッとしたが、素直に礼を述べた。さっきまでのダルさもなくなって体が飛ぶように軽い。


「それじゃあ」


「ああ。続きをお願いします」


 ん? 待てよ?


 部屋を出ていこうとするカロリナの背中に急に浮かんだ疑問を投げかけた。


「カロリナ。僕が起きたとき、髪が顔にかかるくらい目の前にいたけどなにしてたんだ?」


「はっ! ……き、気づいてたの?」


「気づくもなにも、起きたらそこに顔がーー」


「忘れなさい」


「え?」


「命令よ! 忘れなさい!」


「あ、ああ……別にいいけど……?」


 なんなんだ、いったい? 



 向かった先は武器庫だった。入口で敬礼する兵士に軽く会釈すると、カロリナは手にもった鍵で錠を開けて薄暗闇の室内へ入っていく。僕も後を続いた。


「ここにはあらゆる武具が置いてあるわ。この中からあなたに合う武器を見つけたいのだけど」


 カロリナは入口付近に置かれたランプに火を灯すと、辺りを照らした。種類も形状も様々な武具が綺麗に整頓されて収納されていた。武器は、剣や槍といった一般的な武器と、楽器やリベラメンテなど魔法を用いる武器に大きく二つに分かれていて、リベラメンテをはめて使うのだろう装飾が施された武器も魔法武器の側に並べられていた。


 その中からカロリナは手前の細身の剣を抜いて、僕に手渡した。


「それはオーソドックスな片手剣ね。突くことも切ることもできるから扱いやすいと思うけど、訓練を見ていて私が思うにあなたの場合──あ、これがいいんじゃないかしら」


 それは元いた世界のショップでも普通に売られているんじゃないかと思われる短い剣だった。他のと比べて装飾がほとんどないシンプルなデザイン。


「これは軽いし便利よ」


 カロリナから短剣を受け取る。確かに軽くて基本的な動きだけなら初心者でも扱いやすそうだ。大きな剣もカッコよくて魅力的だが、魔法を使うのがメインだから、扱いやすいのに越したことはない。


「カロリナ──」


「ちよっと待って。この奥になにか……」


 ランプをゆらゆら揺らしながら武器の合間を縫ってカロリナは何かを取り出した。木製のそれは剣のように見えたが、柄から先の肝心の刀身がなかった。


「なにこれ、柄だけ?」


 カロリナはそれを表裏に返しながら難しい顔をしてひとり言をぼそぼそと呟いた。


「……これ、もしかして!」


 何かを思いついように大きな声を出すと、ランプを僕に投げてカロリナは探し物を始めた。いや、危ないだろ。


「あったわ!」


 その手には青色と赤色のリベラメンテが2つ。 それを柄にはめて振り下ろすと、目が眩むような一瞬の輝きののち、柄の先から赤と青が入り交じった刀身が形作られた。


「これは……」


 色鮮やかなそれは、決して直線的な美しさではない。多様な色味を見せるリベラメンテの色彩がそのまま合わさったような赤と青の豊かなグラデーション。角度を変え、瞬きをするだけで輝きが変わる流動性のある美しさ。自然をそのまま凝縮したような神秘的なそれは、まさに息を呑むほどの美しさだった。


「これはヴェルヴ・カンタンドよ。普通、リベラメンテ専用の武器は1つのエレメントしか扱えないように穴が1つしか開いていないもの。複数のエレメントを同時に扱うのは非常に難しくて、暴走したり、魔法が発動しなかったりする。だけど、これは2つのエレメントを操れる人専用に作られた特別な武器。これこそ、あなたにピッタリだと思うわ」


 カロリナから手渡されたヴェルヴ・カンタンド──長いからヴェルヴと呼ぼう──を軽く振ってみる。頭にマリーとカロリナの曲を走らせながら。まだらだった色が動き出し互いに混ざり合うと、赤紫色の刀身の結晶に変わった。


「少し赤色が強いわね。でも、悔しいけど、さすがとしか言えないわ。私ではその武器は使いこなせない」


 イラついたように髪の毛を払うと、僕の手からランプを取って、カロリナは入口へ向かって歩き始めた。


「それは、私の権限であなたにプレゼントします。いい? ハルト。私からの最初のプレゼント、大事に使いなさい」

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