第5話 ルイス・バルバロッサ

 自分でも驚くくらい素っ気ない声が出た。昼間のマリーとの会話が思い出される。


「つれないですわね。せっかく待っていて差しあげましたのに」


 わざとらしく肩をすくめる仕草にイラつきを覚える。


「待っててと頼んだ覚えはないぞ。これでも忙しいんだ、用件がないなら失礼する」


 そのまま横を素通りしようとするが、「待って」と腕を掴まれた。カロリナと同じローズの強い香りが鼻をついた。


「あなたも殿方ならレディを辱めることはしないわよね」


「どういう意味だ」


「鈍いわね。これ以上カロリナ様を困らせないでってことよ。あなたがマリー様の付き人をしているのはみんな知ってるの。まるで付き合ったばかりの恋人同士のように一日中つきっきりでね。それなのにマリー様ったら全然魔法をお使いになれない。カロリナ様はただでさえ忙しいご身分なのだから、早くその心労を取り除いてあげたいのよ。マリー様と仲良くしている暇があったら早く魔法を使えるようにして差し上げたら?」


 ルイスの手から腕を離すと、短く息を吐いた。沸々と沸き上がるものを抑え込むために。


「もちろんそのつもりさ。そのためにも早く帰って訓練する必要があるんだ。くだらないおしゃべりに付き合っている暇があれば少しでも指を動かさないといけないからね」


「なんですって!?」


 ルイスは、眉を釣り上げて声を荒らげた。


「誰もあなたのことは申し上げておりませんが」


 ムッとした顔を一瞬見せたあと、すぐにルイスは何もなかったかのように張り付いた笑顔を取り繕った。


「そうですわね。それではお気をつけてお帰り下さいませ。せいぜい幸運をお祈り致しますわ。マリー様もあなたも1日でも早く魔法が使えますようにって」


 ふわりと頭を下げると、ルイスは暗がりの廊下の奥へ吸い込まれるようにして消えていった。



「……ということが今日の出来事だよ」


「なんだか口調が刺々しいわね」


「当たり前だ。ルイスの話を聞いていたか?    自分でマリーを傷つけておいてよくあんなこと言えたもんだ」


「まあね。でも、落ち着いて」


 カロリナはシルバーのカップを口に運ぶと、なだめるようにそう言った。中身はブラックコーヒーだ。こちらのコーヒーは場所や人によっても違うんだろうけど、味が薄い。自分で淹れるときは苦味を増すために2倍の濃度で入れることにしている。


「前も話したけど、ルイスは権力主義的で、カールステッド家という名前そのものに非常に尊敬を持っている子よ。それだけにカールステッドでありながら魔法を使えないマリーに嫉妬したのかもしれない」


 カップをソーサーの上に置くと、腰まで伸びた絹糸のようなその長い黒髪をさらりと払った。髪色と同じ瞳が返答を促すようにじっと僕の目を見つめる。


「わかってるよ。でも、どうにかできないのか? ルイスはカロリナに心酔してるんだから、カロリナから言えばなんとか」


 言いながら無理だろうなと想像する。心酔しているからこそ、マリーに対して嫉妬心が募るのだから。


 カロリナは予想通りの返答をすると、前のめりになり、「だからあなたが重要なのよ」と熱っぽく言った。


「何のしがらみもないあなただからマリーも心を開けるんじゃないかと思うの。オーケ先生から聞いてるけど、マリーの表情が少しずつ柔らかくなっているそうじゃない。あなたならいつかマリーの声を取り戻せる。大変な任務だと思うけど、マリーを守ってあげて」


 カロリナの綺麗な顔に珍しく柔和な笑みが浮かび上がった。その表情に不覚にも見惚れてしまっていると、カロリナは意地悪くにやっと笑った。


「今、私に見惚みとれてたでしょ?」


「いや、全然」


 手をぶんぶんと横に振り、全力で否定してみる。そんな僕の心中を読んでいるかのようにカロリナはウインクをすると、コーヒーを一口優雅に飲んだ。こんなに上品にコーヒーを愉しむ仕草はなかなか見られたもんじゃない。


「ふーん、あなたはこういう感じのがタイプなのね」


「いや、だから違うって! 確かにカロリナは綺麗だと思うけど、そういう対象として見てるわけじゃ──」


 突然、ガチャンっと乱暴にカップがソーサーの上に置かれた。生粋の貴族であるカロリナにしては珍しいことだ。


「どうした?」


「い、いや別に。今の言葉、褒め言葉として受け取っておくわ」


 そうなぜか動揺したように話したカロリナは、カップに残っていたコーヒーを一気に飲み干した。


 コンコン、とノック音がして厳しい声が部屋の外側から聞こえてくる。


「カロリーナ様。会議のお時間です」

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