第8話 4人
何十分か経ってから、まず逢望さんの姿が見えた。僕と流希は一時的に犯人から許可を得て、学校の外に出ている(ただ犯人の姿は見ていない)。夏の教室は暑かったせいか、下着が絞ったら垂れてくるんじゃないかと思うほどビチョビチョで気持ち悪い。本当なら全裸になりたいけれど、これから女子2人が来るので(仮に男子だとしてもここは外なので)、流石にそんな姿になるわけにはいかない。
「あれ、だよね……」
「たぶん」
本当は逢望さんをこんなことに巻き込みたくなんかないけれど、久しぶりにちゃんと信頼できる人を見たせいか、少し安心してしまう。ぬいぐるみを抱きしめているような安心感だ。
「あれ、流希くんも……?」
小さなショルダーバッグを身に着けて、少しラフな感じの私服を身にまとっている逢望さんが僕らの前でピタリと止まる。さっきまでエアコンの効いた電車にいたせいか、僕らと違って涼しそうな顔だ。
「あ、うん、色々あって。ほんとうに来てくれてありがとう!」
逢望さんに流希は感謝の気持ちなのか、ちょっと強引に握手をした。羨ましい。ちょっと、流希が羨ましい。ずるい。
「大丈夫? なんか流希くん汗すごいけど……?」
「あー、さっきまでお化け屋敷みたいに怖いところにいたんで……」
「よくわからないけど、大変っていうのは……それが関係してるの?」
そうだ、逢望さんの姿を見られたことに少しだけ興奮というか嬉しくて、さっきまでのことを少し忘れていた。いつの間にか少し体力も回復したように感じてしまった。僕らはさっきまでお化け屋敷みたいに怖いところ――いや、それよりも怖いところにいたんだった。
「あの、それはねー、笛乃が来てから……」
たしかに、流希の言う通り、2人が来てから話した方がいいかもしれないと思った時、何かまたこっちの方に来る人影が見えた。逢望さんと同じぐらいの背丈で、僕が見たことあるような感じの人。
――あれは、笛乃さん……?
暗さもあってか、うまく判別することはできないが、多分人通りの少ないこの時間を通るのは僕らが呼んだ笛乃さんぐらいしかいないだろう。
「あれ、逢望ちゃんも呼ばれたの!?」
少し経ってから笛乃さんも僕らのところに合流する。
「あ、なんか想乃也くんに……」
「私は流希に」
「あー、2人、じゃあとりあえず学校に入って! 入って!」
このままじゃ永遠にここで話が続いてしまい、最悪僕らの命の危険が及ぶと思い、僕はそう2人にお願いする。僕らの置かれてる状況は一刻を争うものなのだ。
「えっ、学校閉まってるんじゃないの?」
「それに、あいてたとしても誰か来ない?」
2人は優秀な(別にそこまで優秀じゃなくてもある程度の常識のある)生徒なので、すんなり学校まで誘導するのは一筋縄ではいきそうにない。ただ入ってもらわないとこちらとしては困る。
「あの、学校に入る許可は取ってるから……大丈夫。とりあえず来てくれないと、
始まらないから」
「あ、そうなの」
「うん、わかったよ」
流希、ナイス! なんとか学校に誘導することはできたが、2人は何が始まるのか、何が起こるのかと相当怪しんでいるだろう。だってシワが寄っているし、もうなんか言葉が投げやりだ。この先をどう乗り越えていけばいいのか見当もつかないが、とにかく今は一瞬を乗り越えることに集中したい。
まず犯人からの要求である、スマホを昇降口に置いておけというものについて行った。これも流石に2人に怪しまれたが、なんとか流希がうまく説得して渋々スマホを昇降口にたまたま置かれていたトレーの上においた。
僕らはとりあえず地学室に2人を連れ込んだ。
「とりあえず座って……」
僕は2人にそう促す。ここが一応情報源と言うか、なんか僕らの基地的になってるからここに来たのだが、2人はまだこの教室に死体があることには気づいていないようだ。というか、死体のある教室になにも知らずに座っているって考えるだけで怖い。
「じゃあ、話すけど、絶対に誰かに電話したりしないように。もし、外部に漏らしたら地獄だから」
たぶん2人は今から怖い話でも始めるんだろうという結構楽観的な感じで待ち構えているだろう。でも、今から話すのはそんな楽観的なものではない。僕はさっきの逢望さんへの電話の反省を活かし、できるだけ伝わるような言葉で話すように心がけないと。
「実は、今、僕らは……人質になってるんだ」
「えっ!?」
「なに!?」
「それで、犯人もどこにいるかわからない。で、要求として2人を呼んでこいって言われて。そうしたら犯人いわく、誰も地獄には……。でも、もう僕らが人質になる前に、死体が……」
「キャー!」
「きゃー!」
ジェットコースターが頂上に達し、一気に急降下し始めたときに発する声のような大きな2人の声が響く。2人は、暗くてよく分かっていなかった死体がすぐ近くにあることに気づいたのだ。
「いや、まって、これ、本当に死体……? この部屋、電気付かないの?」
ほんのさっきまでは驚いていた笛乃さんだが、何故か急に冷静になり、死体に触れ、――これ、本当に死体? というよく分からないことを言い出した。
「この部屋の電気はなぜかつかないように制限されてるみたいだからつかないけど、笛乃、本当に死体……? ってどういう意味だ?」
流希も僕と同じことを思ったみたいで、笛乃さんに問いかける。
「だって、これ、触った感じ手の指が6本あるし、それに頭の感じが何か変。だから、これ、死体じゃなくて、ただの作り物じゃなんじゃない?」
えっ、そんなまさか……!
僕ら3人は一斉に死体なのかが分からなくなったものに触れてみる。たしかに、手の指は(なぜだか)6本あるし、頭の形が微妙に変だし、他にも人間じゃないような箇所が何箇所もある。暗かったというのもあるが、僕らはこのシチュエーションから人間のようなものが倒れているイコール死体という先入観を持っていたため、こんな簡単な欠陥にも気づかなかったようだ。
「つまり、これは犯人が作った欠陥だらけの偽死体!」
「流石、医学部志望の笛乃ちゃん! 天才!」
「ふふん」
たしかに、これは流石医学部志望だけある。僕らは全く気づかなかったものを笛乃さんはあっという間に気づいてしまった。
「じゃあ、なんか声が聞こえたけどそれは?」
「それは、想之也くんが、ガラケーみたいなの持ってたじゃん。録音したものをそれで流したんじゃない? まあ、これは私の推測だけど」
「あー!」
なるほど。そうか、確かに笛乃さんはあくまで推測と言っているけれど、その可能性が高い。犯人が事前に録音した声をこのガラケーで流して、僕らに本物の声と思わせたんだろう。これで一気に僕らの状況が変わった。
橋が崩落して渡れなくなったところに、誰かが新しい橋をつけ替えてくれた。
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