第6話 要求

『メッセージ』

 

 どこからか、暗闇の中で幽霊とかが何か問いかけてくるような恐ろしい声が聞こえる。急な声に僕らは思わずビクッとしてしまい、後ずさりしてしまった。それに加え、何か、近くに僕のでも流希のでもないスマホみたいなものが落ちていた。僕は不意にそれを手に掴む。これは触った感じガラケーだろうか。


「なんだ、それ!?」


「知らないよ!」


『今から110番や119番に電話するな。もし、したら全員、地獄』               


「これ、早く止めろよ!」


 僕はさっきからそのガラケーの色々なところに触れているが、全くと言っていいほど、止まる気配はない。どこにも止めるためのスイッチはないんじゃないだろうか。この不気味な声が更に僕らの喉を締め付けていく。


 もし110番や119番をしたら全員地獄――言葉に出すのは恐ろしいので言わないが、つまりはああいうこと。


『そして要求。今から言う条件に該当するクラスメートを電話で学校に呼び出せ。呼び出した後にその人を迎えに行く際のみ学校を一時的に出ることを許可する。ただし、その際に逃げたら全員、地獄。住所はもう把握済みなので逃げることは無理だろうな。ちなみに多くの教室で電気はつかないようになってる。じゃあ、また、すぐに連絡する』


「まじでこれやばくね……俺、ら……」


「もう、僕ら終わりじゃね」


 僕はもう最期の日になるかもしれないと悟った。なんで今日学校なんかに来ちゃったんだろう。退学なんかよりも、もっとやばいことだ。どうして、なんで僕はあの時ちゃんと断らなかったんだろう。別に流希が悪いなんて思ってない。ただ――


「でも、ちゃんと従えば、まだ希望はあるんじゃね?」


 確かに、ちゃんと条件に従えば、まだ希望はあるかもしれない。実際にハイジャック事件でも犠牲者が出ないことだって普通にあるし。


「とりあえず、今は従うしかないな。落ち着こう」


「そうだな、落ち着こう」


 僕と流希はお互いの手を握った。でも、流希の手は氷よりも冷たかった。表情は暗さのせいで見えないが、たぶん氷みたいな表情になっているんだろう。


『じゃあ、連絡だ。次の2名をお前らのクラスにいる人の中から呼べ。ただし、これらに該当しない人を選んだ場合や呼ばなかった場合は地獄。ちゃんと把握済みなので、必ず該当者を呼べ。1人目だ、お前が片思いしてるやつ。2人目、好きな花がゼラニウムのやつ。以上だ。10分以内に電話しろ』


 再びガラケーから音声が流れてきた。これが犯人かは分からないが、なぜこんな要求をしているのかは全く分からない。4人にさせて一体何をする気だろうか。たぶん相手は僕らが高校生ということは把握済みだと思われるので、金銭目的ではない気がする。


「しょうがない、巻き込むなんて嫌だけど、嫌だけど、俺らの命のために呼ぶしかない……」


 悔しく、諦めたように流希はそういう。こんな流希、初めて見た気がする。僕だって周りの人を巻き込むなんて絶対に嫌だけど、嫌だけど……。でも、もしかしたら僕らの命がかかっているかもしれないのだ。


「僕もやだけど、これはしょうがない。時間ギリギリまでなんかいい方法考えて思いつかなかったら呼ぼう。まずそのためにだれが該当者か洗い出さないとな」


「そうだな。まず1つ目のお前が片思いしてるやつ……このお前ってだれかは明確には言われてないけど、俺のは違うし、お前の片思いしてる逢望さんしかいなくない?」


「たしかに……」


 確かにこの条件にあてはまる該当者は僕の片思いしている逢望さんしかいない。ただ、呼んだところで仮に来てくれたとしてもたぶん僕は一生逢望さんに恨まれて、憎まれて、話たりすることすらできなくなってしまうんだろう。僕の青春は終わったな。もう、バッドエンドだ。でも、呼ぶしか僕らが助かる方法はない。覚悟を決めるしかない。


「それはじゃあ、逢望さんを候補にしておくとして、好きな花がゼラニウムのやつ……て誰かいる? そもそも僕、ゼラニウムって花、知らないんだけど……」


 もう一人の条件である、ゼラニウムが好きな人なんて僕のクラスにいるんだろうか。どうやったら誰も呼ぶことなくこの場を回避できるだろうかという問題を考える以上に難題かもしれない。


「なんか、ゼラニウムっていうのは、フウロソウ科のペラなんとか属のやつで、色んな色がある花だった気がする」


 別に僕はどんな花かを知りたいなんて思ってはいなかったが、流希は淡々とゼラニウムという花について説明していく。今日ゼラニウムについて初めて知った。


「すごいな、なんで知ってたのかは今聞いてる時間はないけど、誰か好きな人、しらないよな?」


 流石にそのゼラニウムの花について少し知っていたとしても、クラスでそれが好きな人を流希が知っている確率はほぼゼロに近いだろうが、一応「誰かわからないよね」という意味と、「もしかしたら、誰か知ってる?」という2つの意味を混ぜた感じで聞いてみる。


「あ、まあ、一人、知ってるよ……」


 え、本当か! なんで知ってるのかかなり気になるが、今はそんなことに時間を割いている余裕なんてない。ただ、なぜか流希は何かをためらっているような口調にも見受けられた。


「誰……?」


「あの、|四条笛乃っていう人……」


「あー、あのなんか頭いい人でしょ!」


 四条笛乃さん――クラスの中でも頭が良い理系女子で、将来は医学部とかに行きたいとかいう人だった気がする。多くの人と関わっていて、常に皆のことを考えている優しい性格なので、僕も結構気に入っている人ではある。


「前に班活動のときに、そういう話をしてたから覚えてたって感じかな……」


「そうなのか」


 確かに、最近席替えをしてしまったので、今は違うけれど前の席で流希と笛乃さんは同じ班だった気がする。それで、その話が出るのもすごいが、とりあえず――


「じゃあ、とりあえず呼ぶ人は揃ったから、どうやったら呼ばなくてもいいかを考えないとな」


「流希、そうだな……」


 僕は今までの人生でたぶん一番頭の回転率を上げ、様々な方法を模索したが、一向にいい考えは見つからない。流希も僕と同じ感じでさっきから「あー」とか「それはなー」とかいう独り言がこっちまで聞こえてきている。アナログ時計の秒針の音が、カチカチと時間をおうごとに僕の心の奥深くに刻まれていく。もう少し僕の頭がよければ思いつくことはできたんだろうか。


『じゃあ、呼ぶ時間だ。今すぐ呼べ。多少説得に時間がかかってもいいので、ちゃんと呼び出さないと地獄だ。あと、追加要求。4人が集まったら昇降口のどこでもいいからスマホは置いておけ。ちゃんと要求に従ったらスマホは必ず返すから。いいな。一人だからって逃げられると思うなよ』


 結局僕らは何もいい考えをひねり出すことができなかった。この数分間、僕らは一体何をしていたんだろうか。大切な時間を無駄にするってこういうことなんだなって初めて実感した気がする。そして、本当に、本当に、僕らは今から呼ぶ2人に、申し訳ないことをしてしまったんだなって思う……。



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