第41話 夏休みが明ける

 色々と大きな動きのあった夏休みだったが、それとは裏腹に普通に終わりをつげ、高校は何事もなかったかのように再開された。あの事件のあった後の夏休みは去年の夏と変わらずに勉強や部活などに励んだ。ただ、あの人は今頃、何をしているんだろう、何を考えているんだろう……といつも心のどこかで思ってしまう。でも、たぶんちゃんと自分の犯した罪と向き合ってるのだろう。


 誰かからラインが来た。見てみると、流希からだった。


『ラインでいちいち報告することじゃないかもしれないけど、笛乃になんか奢っての件、赤いゼラニウムの花を買ってあげることで許してもらえた(?)は。っていうか、赤いゼラニウムの花言葉調べたんだけど、少しなんだよって思っちゃったな(笑)』

 

 僕は既読をつけた後、


『そうか。よかったな』


 とだけ言葉を打って返信した。


 僕は支度をしてから学校へと向かう。なぜかいつもよりも何倍も太陽がじりじりとしているように見えた。何倍も僕のために照らしてくれているような光に見えた。


 少し時間を間違えてしまったようだ。次の電車まではあと10分ほどある。だから僕はまだ外は朝とはいえ、夏の強い日差しが攻撃してくるから涼しい待合室で待つことにした。


「あれ……?」


「ん? ……なんだ、想之也くんか」


 そういえば、今更だけど、こうやって逢望さんとちゃんと会うのはあの日以来かもしれない。もちろん、事件のことを警察の人に話したり、署名活動を進めたりということはしたが、1対1はあの時以来だ。でも僕は、あんなことを言ったから少し恥ずかしさはある。でも、僕は空いていた逢望さんの隣に座る(流石にここで空いてるのに離れてる席に座ったり、帰ったりするのはおかしいと思われるので、これしか方法はないのだが)。


「あ、想之也くんじゃなくて、想之也か」


 ん? と僕は一瞬思い出したが、あの日の出来事を思い出した。


「そういえば、約束してたね。図書室に入る時にお互い出られたら呼び捨てしようって」


 監禁された時、2つのペアで分かれてこの事件の真相を探るために色々な教室を巡っていて、僕らは2箇所目に図書室に行った。そして、そこで流希と笛乃さんが呼び捨てしてるし、少し仲良くなれたからとか言って、ここを出られたらという条件付きで、僕らはそんな約束をしたんだった。


 ということは、僕も……君のことを――


「えっと、逢望、……さん」


「じゃないでしょ」


 いや、だめだ。逢望さんと呼んでしまった。さんはつけてはいけないのに。逢望と言わなきゃいけないのに。心の中では簡単に言えるけれど、実際に僕の口から発するにはかなりの難易度なんだなと今、知らされる。


 でも、僕はあの時の約束を守らないといけない。逢望さんが守ったんだから、僕もそうしなければいけない。逢望さんのことを逢望と言わなければいけない。


 僕はその約束を守るために、大きく深呼吸をした。


 ――ふぅ。


「おはよう。逢望」


 言えた。なんとか言えた。逢望さんのことを逢望と。少しはにかみながら言った言葉を聞いて、逢望は少し微笑んだ。なんか、逢望がお姉さんみたいに見えた。たぶん逢望はよくできましたとでも言ってくれてるんだろう。僕だって、やればそのぐらいできるさ。


「あのさ、一つ確認したいんだけど、あの時に言ってくれたことは本当なの?」

 

 あのときの言葉……


 ――ありがとう。好きだ


 それを考えるだけで、少し恥ずかしくなってしまう。


 でも、たしかに僕はあのときに、逢望にこの言葉を贈った。最後なら本当の気持ちをつたてもいいんじゃないか……そういう自分の身勝手な理由で。


「いや、本人の前で言うのは本当にあれなんだけど……」


 僕は恥ずかしさを隠せずに、それが言葉の中にまで現れてしまう。でも、あの時にこうやって助かるのならやっぱり言わなきゃよかったな……とかそんなことは少しも思っていない。むしろ、あの時ぐらいしか言えなかったんじゃないだろうか。


「――あんなこと、嘘なら言えないよ」


 「うん、そうだよ」とかじゃなく僕は少し遠回しに言ったかもしれない。でも、なぜだか逢望はハッという顔を一瞬した。それが何を意味しているのかは僕には全く分からないけど、僕の今、言った言葉の何かがそうさせたんだろう。


「そうなのか……。嘘じゃないか」


 うん、嘘ではない。嘘なんかじゃない。本当の気持ちだ。僕の心に宿っている初めての気持ちだ。


「でも、君はそれに加えてこう言った――その最後の最後までその人のことを想えることが色んな考えがあるけれど僕にとっての一番の恋だと思ったってそう私に贈ってくれた」


 正直に言えば、僕はあの時に言った大事な言葉を今では薄っすらとしか覚えていない。その言葉は僕の頭が司令して言ったのではなく、心から直接出たものだからそんな感じに薄っすらとしか覚えてないんだろう。


 でも、一語一句とかは覚えていないとしても、僕が逢望に好きと言ったこと、そして僕の恋は他の人が思っている形とは少し違うのかもしれないけれど、僕なりの恋を見つけたこと……それだけは忘れていない。だから今、逢望が言ってくれた言葉も一語一句は覚えていないが、その意図は、はっきりと覚えている。


「私のこと、別に想ってもいいよ。君にとって一番の恋をしてもいいよ。でも、2つ条件がある――」


 逢望が僕に対し、僕にとって一番の恋をしてもいいと認めてくれた後に、2本指を出した。それを僕の瞳にはっきりと映るような位置まで持っていく。


「条件1つ目、私も君のことを自由に想ってもいいと許可してください」


 逢望は2本指を次は1本指に変えて、1つ目の条件を言った。僕はその条件を言われた後に、うんと小さくうなずいた。


 そして逢望は2本指を出す。2つ目の条件だ。

 

「条件2つ目。なんで君はそういう恋をしてるのに、私に対して付き合ってほしいとかそういうことは言わなかったの? その理由を少し教えてください」


 たしかに、僕は君に好きという気持ちは伝えたけれど、付き合ってほしいだとかそういうことは言葉に出してない。


 でも、その理由には少しおかしいかもしれないけれど、僕なりの理由がある。


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