第35話 何が正しい?
犯人は少しだけ初恋の話しをしていたのもあって一瞬だけ照れていたが、すぐに表情を元に戻し、話しを続けた。
伝統について興味を持った犯人は、それから博物館を回ったり、本を読んで伝統について調べていったらしい。それにより段々と自分たちが守らなければいけない、だって今まで多くの人が苦労してでも未来に残すために繋いでくれたんだから……という感情が日に日に強くなっていき、犯人はどんどん焼きと浴衣登校の実行委員会に入った。それに今まで気づかなかった自分のやるべきことが分かり、そこで自分の力を尽くしたようだ。
「それが、俺の一番の高校での思い出だった。伝統を守るだけじゃなく、楽しむこともできる……そんなのを色んな人に感じてほしかった。だから、俺はこの学校の先生になれて本当に嬉しかったし、もっとこの学校で教師をやりたかった。でも、俺は健康診断で病気が見つかっちゃったんだ」
先生たちが行なう健康診断で犯人は病気が見つかってしまったらしい。幸いにも命に関わるものではなかったが、子供を扱う学校現場で仕事をするのは難しいと自分でも感じていたし、あまり医師からも教師を続けることに肯定はしていなかったので、犯人は悔しい思いもあるが、教師という職を辞めることにしたらしい。
「悔しかったよ。自分の大好きな職を離れなきゃいけないんだから。自分を奪われるようなもんだから……。自分の好きなことができなくなるって辛いだろ? 君たち高校生ならきっと分かってくれると思う」
教師は辞めることになったけれど、教師友達として一番仲の良かった、そして犯人と同じで伝統行事が好きだった北原先生に、この学校の伝統行事を守って欲しいとお願いした。そして、最近出張先で買ったこけしとともに渡し、この学校を去ったらしい。
「でも、北原先生は俺との約束を破った。もちろん本当に悪いのはあの3役だけど、北原先生が約束を破ったことには変わりない。認めたくないけど変わりないんだよ……」
時間が進むに連れて、犯人の涙は出来上がっていき、ついにその涙が、瞳から流れ出した。僕はその涙をしっかりと見た。犯人から雫が次々に落ちていく。
「裏切られた。俺の一番仲の良かった先生なのに、約束したのに。俺も北原先生もこの学校の伝統行事を守っていきたいって気持ちは同じはずなのに」
今まで隠していたであろう悔しさを次々と言葉にして声で出していく。言葉を投げていく。その想いと共に。
なぜか僕の心を締め付ける。共感してしまいそうで怖い。怖い。それに悲しいたしかに、そうだ。うちの担任は裏切ったんだろう。北原先生だってこの学校の伝統行事が好きなはずなのに、生徒よりも何倍も楽しみにしているはずなのに。想いはこの犯人と同じぐらい強いはずなのに。約束したはずなのに。
でもだめだ、全部共感してしまっては。全部共感するということはこういう犯罪――悪を認めてしまうことになるから。共感したいけど、全部は共感してはいけないことが僕が辛い。
「どうしたの? 大丈夫?」
「いや……うん」
逢望さんが何か僕の異変を感じたのか、犯人には聞こえない小さな声で、そっと僕に心配した声で聞いてくる。でも、僕は曖昧にしか答えられない。
だって、僕だって共感したいよ……。
そう思いたいよ……。
自分がどうなってもいいから、これを守りたいものなんだって僕だってそう思いたいよ……。
なのに、思ったら……。
「俺はさ、だからさ、今の校長らに言ったんだ。でも、部外者なんだし、もう決まったことだから今更無理だって言われたんだよ……。多くの人が繋いでくれたものをこんなにも簡単になくしてもいいのかよ? こんなにも薄ペラいものって思っていいのかよ? 昔の人の存在はそんなに小さいものなのかよ? 昔の人がいたから俺らが今いる……それが許せなかった……お前らはどう思うんだよ。今を生きる君たちは?」
時間が進むにつれて、犯人の涙の量も比例していく。難しい問いを僕らに投げかけた。今を生きる僕らが何を想い、何を感じているのか。
どうするべきなのか……大人の質問を僕ら子供に投げかけてきた。
――大人の判断ってこういうものを言うんだろうか?
僕は明確な答えを出せない。だって、何が正解なのか、どうしたらよかったなんて分からないから。
「なんか、誰か答えてくれよ」
怒鳴った声なんかじゃなくて、僕らに答えを言うように訴えかけてきた。僕らに投げてきた。
僕ら4人は誰も、何も言わない。
いや、違う――言えないんだ。
なんっていいのか……分からないんだ。
「正直に言うと、何が正しいのか今の段階では私はわかりません……」
ようやく4人のうちの誰か――笛乃さんが口を開いた。その声はなにかを探しているような声だった。
「まだ、わかりません。子供だと思ってもいです。私たちはまだまだ子供です。だからまだ見つけられてません」
この言葉を犯人はどのようにとっているのかは僕には分からない。でも、笛乃さんの気持ちが正直なのはたしかだ。僕らはまだ子供だから分からない。まだまだ子供だと思われてもいい……。
「でも、言えることがあるのなら、私も実はなくなって悔しかったです。私の友達もないんだねって思ってる人は沢山います。だから、あなたみたいなそういう感情を持ってる人は沢山いる……それだけは知って欲しいです」
笛乃さんは何か特別な声を使って、犯人に優しく、自分が伝えたいことを丁寧に伝えていた。
「分かるけど、分かるけど……。そうだとしても、なくなったなら意味ないだろ! だから俺はこういことをして……」
犯人も僕らも全員が本当の答えを見つけられていないし、分かりたいけど、分かるのがいけない、分かっちゃいけない状況が続いている。
なんで僕らはこういう気持ちになってるんだろう。
なんで僕らは答えを出せないんだろう。
僕も泣きたくなっているんだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます