第36話 犠牲
「俺はさ、この伝統行事を通してさ、伝統の大切さとか、昔の人が抱く想いを感じ取ってほしいし、なによりも繋いでほしい。意味のあるものだから。そしてさ、こういう色んなものに楽しく触れられるのが青春なんじゃないかよ……。だから、だから……ごめん。でも、なんでよ……」
僕も涙がなぜか溢れてしまった。別に悲しいっていう感情があっての涙じゃない気がする。でも、なぜか自然と涙が出る。
「――俺はこの学校の皆が好きだからこそ、こういう思い出を作ってほしいんだよ。それは俺がこういうことをするぐらいの気持ちなんだよ」
思ってはいけないけど、この人に非なんかないんじゃないかと心の奥ですでに思い始めている。思ったら僕も悪の人になってしまうのに。犯罪を認めてることになるのに。
なんでさ……。
なんでよ……。
なんでこんなに難しいんだよ。
何でなんだよ。
「ごめんな。だから俺は少し君らに犠牲になってもらう。伝統のために……。まだ復活させるためには足りないんだ。これだけじゃまだ……。だからもっとか確実に分からせなければいけないから4人から2人になってもらう」
僕らの思っていた最悪の事態を犯人は息を吐いてから言った。
「ここまですればきっとアイツらも分かってくれる。だから、悪いな。俺も本当はしたくないけど……」
犯人だって、本当はしたくないという心を持っているみたいだ。でも、そこまでしないと分かってもらえないという……だから犯人は辛い決断を選んだ。
「元教師として俺はやりたくなんかない。生徒の成長をいつまでも見守りたいし、生徒は俺らにとってかけがえのない存在だ。だからこそ、これから歩む人生を応援していきたい。でも、今、俺は教師ではない。伝統を守り抜く……そのためにいる人だから。でも、葛藤はもちろんある……」
この人の体は震えていた。口調も時々変わっている。元教師として生徒を想う心……それと伝統を守り抜くという強い精神……その2つが混ざっている。犯人にはまだ葛藤が残っているようだ。
自分は教師という名を守ればいいのか、それとも伝統を守ればいいのか。
「まだ、方法はあるかもしれないですよ。だから、俺らを犠牲にするのは……俺らにとっても、あなたにとってもいいものではないはずです……」
流希はまだ犯人には人間としての心が残っていることを分かっているようだ。だから、この人を教師としての想いに導きたい……そう思っているはずだ。
「でも、俺にはその方法が分からないからこうやってるんだよ。お前らだって分からないだろ? 分かるなら教えてくれよ!」
確かに、分からない。この方法しかないのかもしれない。でも、誰かを犠牲にすること自体は間違っていると僕には思う。絶対に違う。別に僕が犠牲になるのが怖いとか、今はそんなのは関係ない。ただ、その考えが許せない。
「俺も、誰かを犠牲にするのは違うと思う。でもな、お前らには分からないかもしれないけど、今まで色んな人がこの世界のなにかを守るために犠牲になってきた。だから――この世界は誰かが犠牲があって成り立っているんだよ」
もうこの人の顔はぐちゃぐちゃだ。
全ての感情を言葉にして僕らに訴えている。
――この世界は誰かが犠牲があって成り立っているんだよ。
たしかにそうかも知れない。誰かがこの世界は犠牲にならないと成り立たないのかもしれない。
でも、そういう世界を誰も望んではいない。
そんな世界は本当は誰も望んではいない……そのことは教師であったこの人は僕ら以上に分かっているはずだ。
「……ごめんな。誰でもいいんだ。この窓から誰かを落とすから。ごめんな……」
この人が今ここにいる中で一番辛いんじゃないだろうか。
そんなに、ごめんっていうのはだめだって、本当は違うんだって分かってるから。
この4人から誰か2人がそこから落ちなければいけない。
――これが本当の大人の決断なのだろう。
お父さんが言っていた、その時は今なんだろう。
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