第34話 犯人の過去

 犯人が僕らを本当に地獄に落とす気なのかは僕には分からない。でも、その恨みは相当な強さなんだってことは分かった。


 その人にとってこの学校の伝統行事は自分の子供のように、大切でなくてはならないものなんだろう。相当な覚悟で、その人はこの計画したんだ。


 自分の人生よりも、この学校の伝統を選んだ……その意志の強さの持ち主なのだから。


 僕らはもう何も考えることなく、恐れることなく校長室に向かう。どんな相手なのかは知らない。もしかしたら僕が想像してるよりも何倍も怖い人なのかもしれない。でも、僕らはこの謎を解かなければいけない。僕らの役割を果たさなければいけない。


「ここにいるんだよ。きっと……」


「うん、ここに……」

 

 ここにきっと犯人はいる。中で何か物音がするような気がする。犯人がいるのはここで間違いない。


 僕はドアを開けようとするが、やはり手が震えてしまう。中に犯人がいると思うと……思うように動かない。体が言うことを聞かないのだ。なにかに縛り付けられているようだ。


 でも、この謎が解けない方がもっと怖いかもしれない。だから、僕の心の中にある全部の勇気を使って扉を一気に開けた。


「……ごめんな」

 

 僕が扉を開けた瞬間、犯人らしき人がそう呟いた。


 その犯人はひげが無造作に生え、シワが目立つTシャツを着ている。そして、右手には何かが握られている。北原先生に渡したはずの――こけしだ。そのこけしをその人は強く握っていた。


「気づいてほしかった。やっと気づいてくれたな。君たちなら気づいてくれると思ったよ。こんなにも計画通りにいくなんてって思うぐらい、今のところ順調だよ。俺の人生は恵まれてるのかな?」


 僕らを少し恨むような目で見ながら、何かを話し始めた。投げやりな口調に感じられた。


「まず最初になにか異変を感じさせて、そういうのに敏感そうな人を誘導し、その友達と共にこの学校に来させる。ここが一番無理なんじゃないかと思ったけど、驚くほどうまくいったよ。で、まあ2人じゃ悲しいからもう2人を呼び出す。僕は北原先生と仲がいいっていうのもあって今でもラインぐらいはするから、北原先生のクラス情報は握ってるからね」


 一方的に犯人が話し続けるので、僕らが言葉を挟めるような余地がない。ただ聞いてることしかできない。


「まあ、2人を追加で呼んだのは、もともといた男たちの好意があるやつを呼べば本気を出してこの謎を解いてくれると思ってね。簡単に俺の動機を教えてもいいんだけど、それだけじゃ俺の動機が薄いものに感じるだろ? そのかいもあって、今は俺の動機……分からないでもないだろ? な? なっ!?」

 

「分からないでもない……」


 犯人の圧力に負けて僕はそう言ってしまったとかではない。僕もこの学校の伝統行事をなくしたくはないから、犯人の動機は凄く繋がる部分はある。でも、そんなのおかしい。おかしすぎる。違う。


「まあ、ごめんな。お前らが別に伝統行事を失くしたわけでもないのに……。でも、お前らは全員北原先生に教わっている生徒だ。だからこれが北原先生への復讐になる。それに、そこのお前は伝統文化部だろ? だから俺の想いを分かってくれると思ったんだ……」


「でも、もうこれは犯罪……じゃないですか?」


 流希はようやく言葉を挟む間を見つけられたのか、そういう言葉を挟んだ。


「そんなのは知ってるよ。でも、そこまでしてでも俺は守りたいんだよ。好きだったんだよ。この学校の一番好きなところだったんだよ。だから、別に俺が逮捕されようが関係ない。ただ、伝統が復活してくれれば、それだけで……」


 たぶんこの人はこういう事件が起きたのなら、再びこういう事件が起こらないようにと、学校側も再開させるだろうし、それにこれに賛同した生徒及び先生が大規模な活動を起こすだろうとでも踏んだんだろう。


「俺が守りたい理由、聞いてくれるか?」


 僕は特にうなずくことも首を横にふることもしなかったが、構わず犯人は話し始めた。どうしても、守りたい理由を。


 ――犯人も、この学校の出身だったみたいだ。


 犯人は入学当初は行事というものが嫌いだったみたいだ。理由は単純だったらしい――ただ単に面倒くさいからだ。普段の授業ならただ聞いて、時々考えればいいだけなのに、行事は最初から体を全部使ってやらないといけないし、何より誰かと協力しないといけない。この人は誰かと協力するということが苦手だったらし。


 でも、この学校の最初の行事である郷土料理を作る地域交流会。これがあるものを生んだ。


 この学校では市内にある大きな公園を使ってこの高校の生徒と、地域の方々を招きこの地域の郷土料理である太巻きを作るのだ。その大きさはかなりの大きさとなり、学校だけでなくこの地域の伝統行事的な存在にもなっていた。


 最初はためらいながらクラスの人達と一緒に作っていたけれど、普段話さないクラスの人や地域の人とも協力したりし、段々と心が踊っていき、それに古くから続いてきた伝統行事に関われていることに誇りが出てきたみたいだ。


 そして、多くの人で作った太巻きを食べる時間になると、いつの間にかこの時間で仲良くなっていた女の子と近くの公園の木の下でその太巻きを食べたらしい。


 その太巻きの味には古くからの伝統がぎっしりと詰められていたせいもあってか、今まで食べたものの中で一番深みがあり、忘れない味だったみたいだ。そして、この味から伝統に興味を持った。それを、その女の人にも打ち明けたらしい。


『俺、なんか伝統に興味を持っちゃったな』


『おー、素敵じゃん。私たちが守らなきゃいけないものに携われてるって少し特別だね』


『……特別かも』


 なぜか誰かに認めてくれたことに、嬉しさを覚えた。その女の人の笑顔が輝いて見えた。どんな空よりも青く透き通っているようだった……そんな風に思ったみたいだ。


 それから、伝統と、その女の子に興味を持ったみたいだ。


「この女の子のことについて話しておくと、いつの間にか離したくない……好きっていう感情を持ってしまったんだよな。だから、この行事が初恋のきっかけだった」


 この行事が犯人の初恋を生んだ――

 



 


 




 

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