第14話 恋のはじまり

 なにか情景が映った――


 過去の情景だ。


 それは段々と鮮明になっていく。


 たぶんこの情景は僕が初めて恋をするきっかけとなった出来事――逢望さんとの会話の様子だろうか? 僕の脳裏からこの映像がどうして見えるのかは分からないけど今、映し出されている。


『現在、〇〇駅で発生した人身事故により、✕✕線は□□駅と△△駅間で現在、運休をしております。お客様にはお急ぎのところ大変ご迷惑おかけしますが――』


 そういうアナウンスが、より混乱を招いてることを表していた。ホームにはいつもの2倍近い人たちが、詰め寄せていた。駅員は多くの人の対応に追われている。こんな光景を間近で見るのはもしかしたら初めてかもしれない。時計のチクタクという音が今日は周りの音で全く聞こえない。時計の長い針からして1時間目の授業にはどうやら間に合いそうにはない。1時間目は楽しみにしていた家庭科の調理学習だったが、我慢するしかなさそうだ。


「あれ? 想之也くん?」


「あっ、逢望さんか」


 偶然人混みの中から僕を見つけ出したのか、逢望さんが僕の方に近づいてくる。少しだけ僕と同じでその表情は焦っていた。


「なんかあと1時間ぐらいは難しいかもだって、スマホにはそう書いてあった……」


「それは少し困るよね。2時間目の授業も参加できるか怪しいラインじゃない?」


 僕は混乱のあまり情報を得ることすらしてなかったので、今、初めて知ったがそうなると2時間目も難しいかもしれない。


「そうだよね。一応電車の運休だから公欠になるとはいえ、2時間目の数学も今日は大切なところをやるっていってたから試験前にそれは少し痛いかも」


「あー、そんなこと言ってたな。僕は文系だから逢望さんより痛いな」


「そうだね。待合室が開いてるから、そこで待たない? 1時間こうやって立ってるのも疲れるし……」


「それもそうだね」


 逢望さんの提案で僕らは待合室に入った。皆来た電車に早く乗るためかは分からないが待合室にいる人はそこまで多くなかった。


「っていうか……私たち、ちゃんと会話するのは初めてだね」


「確かにそうだね。えーと、こちらこそ初めまして」


 逢望さんの言う通りちゃんと話すのは今日が初めてだということに今更気づき、ペコリと小さくお辞儀した。


「いらないかもだけど、お互い簡単な自己紹介ぐらいしとかない? えっと、じゃあ、まず私から。名前は成瀬逢望で、誕生日は8月12日の真夏生まれです。あと、好きな食べ物はいちご大福です。好きなことは音楽を聞いたり、なにか演奏することで、一応部活でも楽器を触ってるかな。あとは……人の能力が読める力か、未来が見える力だったら人の能力が見える力がほしいです」


 なんとなく逢望さんの自己紹介を覚えた後に、僕の自己紹介も始める。


「僕は、沢平想之也です。誕生日は7月6日で梅雨時期の誕生日です。好きな食べ物はそうだな……お寿司が好きで特にサーモンはよく食べるかな。炙ってるやつ。好きなことは、部活かな。ちなみに僕の部活は伝統文化部で伝統工芸品を研究したり、郷土料理を皆で作ったり、琴とかの楽器を鑑賞する部活なんだ。あとは、人生最期に食べたいのは洋食か和食かなら和食です」


 お互いの少し独特というかひねった部分もあった自己紹介が終わる。名前はもちろん同じクラスだし知っていたが、意外と話してる口調とか内容とかから関わりやすい人なのかもしれない。それに、逢望さんの声は、音楽をやっている関係もあるのか音楽の音色みたいに美しい声だった。


「この電車に乗ってる同級生見ることほとんどないから、想之也くんがいてくれて仲間が見つかったみたいで少し嬉しいな」


 確かに僕らの学校でこの電車を使ってる人はあまりいないかもしれない。僕自身もあまり見かけない。だから僕も正直言えば少し嬉しい。


「想之也くんってなんか、第一印象というか、イメージ的にだけど結構いい意味で色んな事をこなしちゃいそうな人だなって思っちゃったなー」


「いや、そんなことはないよ。逢望さんの方がそんな感じするけど……」


「いや、私こそそんなことはないよ! だって、私、実は小学生の林間学校で間違えて鍋にカレールーを入れるところ、なんかボケてたみたいでカレールーの抜いてあるトレー入れちゃったことあるもん!」


「えっ、そうなの?」


 失礼だけど、見た目に反してそういうおっちょこちょいなところもあるんだなと素直に感じてしまう。なんか急に仲のいい友達みたいに親近感が湧いてくる。


「なに、少し笑ってないー!?」


「あー、ごめん、ごめん。ギャップがなんか面白くて。あと普通にその話の内容自体が面白いなと思って」


 知らないうちにどうやら少し笑っていたみたいだ。でも、これを笑わないで耐えるのは僕には少し難しかったみたいだ。


「じゃあ、なんか想之也くんはなんかそういうのないの? 自分もそんなことないよっていってたけど……」


「えっ、僕!?」


 逢望さんみたいに間違えてカレールーではなくトレーを入れてしまったというエピソードはないけれど、僕にもそういう少し恥ずかしい自分の心にだけ留めておきたいようなエピソードはいくつもある。でも、なんか逢望さんには共有したいという普段なら生まれるはずのない感情が出てしまい、知らぬ間に口がそのことについて逢望さんに話してた。僕と仲のいい流希にも言っていないエピソードを。


「なんか僕は、これは高校の人には誰もいってない話なんだけど、中学で劇の発表会みたいのがあったんだよ。で、僕もなんか衣装を着る役だったんだ。だけど、間違えた衣装を持ってきちゃったみたいなんだよ。似てたから気づかずにそれを着ちゃったんだよね」


「えっ? どんな衣装?」


 これは僕が持っている今までで一番恥ずかしいエピソードだ。僕の高校には幸いにも同じ中学の人は進学してこなかったので、一応はもうないことになったも同然だが、なぜか再び自ら蓋を開けているのにもかかわらず、スラスラと逢望さんに話してしまう。


「それが、パジャマだったんだ!」


「プっ! えっ、パジャマ!?」


 逢望さんはおかしさと、面白さで思いっきり笑っていた。僕もその笑いにつられ、思わず笑ってしまう。なぜだろう、どうして僕の黒歴史を言ってしまったんだろう。自分に素直になってるんだろう。なぜか逢望さんの前では素直になれてしまう。自分を出せてしまう。


「それは、面白すぎる! ちなみにその後どうなったの?」


「えっ、そのままやったよ! マジで恥ずかしかったけど、お客さんはこれが衣装だと思ってるから笑ってなかったよ。けど、裏方のやつの笑い声がこっちまえ聞こえて、本当に地獄の時間だった」


「私の黒歴史より何倍も、面白いじゃん! 衣装がパジャマ事件! 色んな意味でなんか私の思ってた想之也くんとは違ったけど、そういう想之也くんもいいんじゃない」


「あとはなんか自分の失敗談なんだけど、なんか自分、すぐに判断ができなくて、凄く美味しいっていう有名なおまんじゅうのお店で買おうか悩んでたら、流希が最後の一個を買っちゃって……とかなんか判断力がないんだよね。だから本当に何か判断しなきゃいけないときとか、どうすればいいんだろうか結構悩んじゃうんだよね」


「私もそん判断力があるわけじゃないからそこまで言えないけど、本当に大切な判断なら想之也くんは大人の判断ができそう」


「そうかなー」


「そうだよ!」


 その後も自分たちの普段は言えない恥ずかしい話や、趣味、人生の経験話などで盛り上がった。だから何か2人の時間になってしまい、いつの間にか時間は進んでいた。素直になれるこんな素敵な人、初めて会ったかもしれない。


『えー、先程電車の運転が再開いたしました。当駅には、7分後に上り方面の電車が、13分後に下り方面の電車が――』


「どうやらもう少しで来るみたいだね。私の話し相手になってくれてありがとう。すごく楽しかったよ」


「僕もすごい楽しかった。こっちこそありがとう。あまり初対面の人と話すのは得意じゃないんだけど、なんか逢望さんとはそんなことなかった」


「私も! なんか話せてよかった。じゃあもうそろそろホームに戻ろうか」


「そうだね」


 こんな出来事が確かにあった。逢望さんみたいな人と出会えて、幸せだった。初めての恋をするきっかけ。


 もっと逢望さんと関わりたい。まだ死ぬのなんて早すぎる。


 僕の人生には今後も誰かに笑われてしまうような失敗とかをしてしまうかもしれなけど、こうやって認めてくれる人もいるんだから。そういう人がいるのなら、その失敗も怖くない。人生は自分の思ってるより楽しい。


 僕も現実に戻りたい――


 まだ、僕の人生は――

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