第39話 邪魔するもの
邪魔するものは何もなかった――はずだった。
でも、僕はなにかに服の袖を掴かまれた。それも、僕の心を動かすぐらい強い力で。
僕はふと後ろを振り返る。
まるで、スローモーション映像を見ているかのようだった。
「おい、やめろ」
僕を邪魔できるものなんてなにもないはず――そう思って声の主を探したら、それは――犯人だった。
そこには、顔をぐちゃぐちゃにした犯人がいた。犯人の足元には水滴がいくつもあった。
「なんで……」
「いや、だめだ。やっぱそんなのだめだ」
なぜ犯人が僕を止めてくるのか僕にはその理由が分からなかった。僕が落ちれば、そのことが世間に広まり大きな問題となるから今後このようなことが起こらないようにだったり色んな人からも反対する意見が出て伝統行事は復活するはずなのに、それなのに僕を止めた。
なんで、僕を止めたのか。
なんで――
どうして――
「俺は元教師だ。だからこんなことで誰か生徒の未来を奪うことはやっぱりできない。いや、元教師じゃなくたとしても、失わなくていい誰かを失うことはやっぱりおかしい。俺にはできない……。だからやめてくれ、やめてくれ……。ごめん、お願いだ」
僕を掴んでいた犯人の手が、するりとまるで力が抜けていったかのように離れる。
僕もその場で止まってしまう。自由に動けない。足が固定されてしまう。
「……うっ、っ……」
「誰か1人をここまで犠牲にしてまでやって復活したとしても、その伝統行事は誰も楽しくない……そう今更ながら気付いた。俺はまだ子供だったみたいだな。それよりも、俺ら教師が生徒の未来を創るっていう大事な昔からある想い――伝統を破るところだった。その伝統という名の想いを破るところだった……」
この言葉を聞いて僕はもうここから飛び降りることなんてしようとは――いや、そのことはしてはいけないんだなと思った。僕が飛び下りて消えたら、先生たちが昔から持っている生徒の未来を創るっていう大事な想いという伝統を破ることになる。
自分が伝統を壊すことになるから。
だから、僕はもう……。
「悪いな。でも、まだ方法はあるはずだ。それは今を生きるお前らに託すよ。俺はその間に自分の罪としっかり向き合う。自分でやったんだからな。もちろんこんな事件を起こした俺を批判したっていい。でも、そこまでしてまで守りたかったものをここにいる君らは感じ取ってくれたはずだ。だから頼んだぞ、俺みたいに間違う道を選ぶなよ。人生はその時しかないんだから」
「……はい、分かりました。僕も間違ってました……」
犯人は、犯人のままではあるけれど、自分のやったことが間違えていたことだと分かり、もとの心を取り戻した。
そして、僕自身もこんなのは間違っていたと分かり、自分自身の過ちとこれから向き合っていかなきゃいけなんだなと思った。だから僕も自分自身をいつの間にか取り戻せていたみたいだ。
少しの間、僕らはその空間にいた。
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