第3話 恋のライン

 お父さんが家の鍵を開け、ドアを開くと、さっきまでなかった靴が新たに一つ置かれていた。この少し高そうでお洒落なのはお姉ちゃんの靴だ。どうやらバイトが終わり帰ってきたみたいだ。


「あ、2人ともおかえり、どこか行ってたの?」


 リビングに行くと、パジャマ姿で首にタオルを巻いているお姉ちゃんの姿があった。僕のお姉ちゃんは簡単に言うと容姿の特徴としては身長がやや高いが、顔は小さめ。性格の特徴としては小さいことを気にしてしまう几帳面タイプだ。僕もその遺伝子を少し受け継いでいる。あと、3歳しか離れていないのに、妙にお姉ちゃんが大人っぽいなと感じる。


「うん、想之也と久しぶりに近くのファミレスにご飯行ってきた」


「そうなんだ。想之也、久しぶりの2人は楽しかった?」


「うん、楽しかったよ」


「あ、そうだお姉ちゃんにこれ」


 そう言うと、お父さんはコンビニの袋からあるものを取り出して、お姉ちゃんにそれを渡す。


「えっ、別にいいのに。でも、暑いしちょうどお風呂上がりだからアイス、いただきます」


 そう、アイスだ。さっきお父さんはコンビニで明日の朝のパンを買うついでに、2人だけで来ちゃったからお姉ちゃんに少しお土産を買っていこうということで、カップのアイスを追加で購入していたのだ。こんな感じにお父さんはお互いに不利益のないように小さい頃からやってくれていたので、おかげで姉弟げんかはかなり少なかったようだ。


 お姉ちゃんは軽い足取りで椅子に座ると、アイスのカップを開けた。


「想之也も一口食べる?」


「いや、いいよー」


 お姉ちゃんが半笑い気味に僕にそう言ってきたので僕も半笑い気味で返す。僕の目が食べたそうにでもしてたのだろうか。でも、僕はもうそんな子供じゃないし、さっきご飯を食べたばかりなのでそういう気持ちは特にはない。


「ふふ、遠慮せずに」


 お姉ちゃんはそう言うと、紙スプーンにアイスを一口分乗っけて僕の前にそれを差し出してきた。


「じゃあ、少し……」


 これじゃなんか僕が離乳食を与えられてるみたいじゃないかと思いつつも、ここはお姉ちゃんの好意に甘え、アイスをパクリと頂いた。やっぱり美味しいな。やはり多くの日本人が思い浮かべる夏の風物詩の1つだ。


「どう、美味しい?」


「うん、美味しい」


「よかった」


 なんか、今日は色々子供に戻っている気がする。お父さんがさっき言った――今後は大人の判断しなくちゃいけないときが多くなってくると思うから、子供を感じるのは今のうちになという言葉が再び耳の中で反復する。


 自分の部屋に戻るとまずさっき誰かから来ていたラインをベッドに横になりながら確認することにした。


「えっ!? 逢望さん!?」


 たぶん、僕の心はめちゃくちゃ嬉しいという気持ちを抑えられなかったのか、変な信号を出してしまったようで、思わず大きな声が出てしまう。成瀬逢望――僕が最近、一番考えてる人のことだ。言わなくてももう分かるかもしれないが、僕の片思いしている人だ。逢望さんとはラインを交換していなかったので(クラスラインから追加することは簡単にできるけど)余計に驚いた。

 

 たぶん告白とかその為にラインを追加してきたわけではないんだろうけど、連絡ごととかしょうもない質問のためにとか内容はなんでもいいからラインをくれたのは僕としては夢みたいに嬉しいかもしれない。


『追加ごめんね(ぺこりマークのスタンプ)想之也くんに少し聞きたいことがあって……。想之也くんって伝統文化部だったよね? 夏休みの課題でレポートあるじゃん? それで少し聞きたいことがあって……』


 こんな僕にそう相談というかをしてくれたのは夢みたいだ。ちなみに僕の入っている伝統文化部とは、日本各地の伝統工芸品を研究したり、ときには郷土料理を皆で作って食べたり、琴などの楽器も少し扱ったりする部活だ。たぶん日本にもこういう部活があるところはあまりないんじゃないだろうか。僕がこの部活に入部した理由は、色々な部活紹介ビデオを見たときに一際目立っていたというだけの単純な理由だったが、今は入ったことにとても満足している。


『うん、伝統文化部だよ。で、どういうことが聞きたいの?』


 僕はすぐさまラインの返信を送る。少しだけ手汗をかいてしまったようだ。これがいわゆる緊張を表しているのか。


 そういえば今日の学校での出来事をお父さんから友達に聞いてみたらいいんじゃないかというアドバイスをしてもらっていたので、返信が来るまでの間、僕の一番仲の良い友達の、流希るきのラインのところをタップして、今日の学校での出来事を簡単にまとめた後、『どう思う?』という言葉を添えて、送った。


 2人からの返信の来るまでの間、勉強机に向かい、夏休みの課題を少しやっていると、突然スマホの着信音が鳴った。


 ……逢望さんから!?


 僕は勉強机から飛び出して、ベッドの上に無造作に置かれているスマホを触った。


『流希』


 画面を開いたところ、ラインのマークとともにそう表示されていた。なんだ……と少しがっかりしてしまったが、自分から送ったんだし文句は言えない。とりあえず開くことにした。


『えっ、まじ!? それはちょっと気になるな……。明日ちょっと忍び込んで見てみない? 明後日は学校閉庁日だから多くの先生方も早く帰るだろうからばれないでしょ!』


 こいつに送るんじゃなかったと今頃思う。そうだ、こいつの冒険心はすごいんだった。前もなんか本来は入っちゃいけないところに流希は入ったらしく、先生からかなり注意されていた(そのときは注意のみで停学とか退学とかにはなってない)。


『いや、それはさすがに……』


『大丈夫だよ。うちの学校ボロいから、侵入しても誰か来るとかないからバレないし。それにさ、助けてだろ……もしそれが何かの殺人事件とかだったりして、発見できたら俺らヒーローじゃね』


 なんでこいつなんかと仲良くなってしまったんだろう。確かにうちの学校は侵入しても誰か来るわけではないって言うのを職員室から漏れていた会話から聞いたことあるし、殺人事件が起きたとして、発見できたらヒーローとまでは言えなくてもそういうような存在になれるかもしれないが、リスクが高すぎる。


『もしそれで退学になったらどうするんだよ……?』


 僕は正当な意見を流希に送りつける。こいつはもう少し現実を見た方がいい。


『バレないからその心配はないな。もしなったら俺だけのせいにしてもいいぞ。というか、殺人事件あって見つけてあげないのはなー。それにさ、想之也の好きな逢望さんだっけ? どうやら逢望さん、何かを率先してやる人だったり危険を顧みずやる人が好きらしいよー。川で溺れてる子供を助けた同級生に初恋したとか前、話してるの聞いちゃったしー。想之也は高校生活と恋、どっちを取るんだ?』


 さっきまで全くしようなんて思わなかったのに、流希の言葉によってあっちに自然と誘導されてしまう。それに、流希の意志が異常に固い。あと、少し流希が本気で怒こられてるところを見てみたい気もする。それに、逢望さんの話を出してきたせいで冷静な気持ちを保てない。そうなのか……。


『ありがとう! あの、学校の伝統についてレポートでまとめようとしてるんだけど、どんなのがあるかな?』


 また、着信音が鳴る。今度は逢望さんからだ。さっきからラインが渋滞している。流希のは一旦後で考えることにしてまずはこっちからだ。逢望さんが優先。


『それなら、前に僕らが少し調べたからこのリンクを参考にして! でも、段々と伝統もこの高校でも失われちゃってるみたい。少し悲しいよね……』


『本当にありがとう! 想之也くんの言う通り、失われていくのは悲しいよね……。できるだけ残していきたな!』


 僕は逢望さんからの返信にいいねの顔文字を押して会話を終わらせた。


 僕はさっきの続きに入る。考えなければいけないこと。


 ――高校生活と恋、どっちを取るんだ。


 なぜか流希の意志が固いこと、そしてこの言葉にどうしてか分からにけれど引っ張られる。今さっき逢望さんとラインして、逢望さんの顔が浮かび上がってきたことも関係しているかもしれないけれど、流希のラインに『じゃあ明日行こうか』と送ってしまった。


 








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