第2話 父との食事
「お待たせいたしました、ステーキとライスです」
料理を持ってきた店員さんがそう言うと、僕は自分が頼んだやつというのを示すために小さく手を挙げた。僕の前に絵を見てるかのように輝いたステーキが置かれる。ライスもセットだと余計にステーキが美味しそうに見えてしまう。これが人の錯覚というものだろうか。
「こちらはドリアとグリーンサラダです」
同時にお父さんの頼んだ料理も届く。こちらもどこかの高級レストランに出てきそうなぐらいの見た目だ。少し羨ましい。
「ご注文の品は以上で大丈夫でしょうか」
「はい、大丈夫です」
「では、ごゆっくりどうぞ」
伝票を伝票入れに入れてから店員さんはさっと立ち去る。お腹が空いているせいか、僕の体がステーキの方に引かれる。まずはステーキをナイフで一口サイズに切って口の中へ入れる。
久しぶりに食べたステーキだが、やはり求めているものはこれなんだと思わせてくれる美味しさだ。見た目だけではなく、味も美味しいのがずるいところ。何もかも忘れてしまいそう。忘れてしまう……? そういえば――
「ねー、お父さん、今日学校で変な声が聞こえたんだよね。時間が時間だから生徒とかの声じゃない気がするんだよね。なんかこれ、不思議じゃない?」
このステーキの美味しさのせいで、今日あった不思議な出来事について忘れてしまうところだった。お父さんならなんか知ってるかもと思い、聞いてみる。
「ふーん、そうなのか。じゃあ、先生の声とかじゃない?」
少しこの話に興味があるのか、お父さんの口調はそんな感じに言葉を返す。
「いや、なんか人間の声じゃないぽいっていうか……。そもそも話してる言葉が、なんか文になっていないんだよね」
「そうなのか、不思議なこともあるんだね。まあ、この世は不思議な事だらけだからね。お父さんはそれについてなんか特別言えるわけじゃないから、学校の誰かに聞いてみたらどう……?」
「じゃあ、後で誰かに聞いてみようかな」
確かに、まだ誰も学校の人にこの話を共有してない。もしかしたら一人ぐらいはこの謎の現象について知っている人がいるかも知れない。とりあえず、帰ったら友達にでも聞いてみよう。何か発展するかもしれない。
「あのさ、せっかく2人だから想之也の学校のこと聞いてもいいか?」
「うん、もちろん」
僕はステーキを切りながらうなずく。お父さんに学校のことを話す機会なんてこんな時ぐらいしかほとんどないから、いい機会なのかもしれない。
「じゃあ、まずすごい大雑把になっちゃうけど、今、学校は楽しいか?」
言葉通り大雑把で、親と子の会話の中でも定番中の定番の質問をお父さんはまず投げかけてきた。
「うん、まあそれなりに楽しいよ。なんか誰かがいつも面白い話をしてるし、クラスの仲はいいほうだと思うし……。毎日をなんとなく楽しんでるよ」
僕のクラスは他のクラスよりも全体的に仲がよく、去年のクラスでは全く話したことがない人が結構いたが、今年のクラスではまだ過ごした時間としては半分も経っていないけれど、大体の人とは何らかの会話をしたことがある。それに、個性が豊かすぎるし、面白いやつが多くて好きだ。僕の一番仲のいいやつもかなり面白い。
「そうか、それならよかった……。想之也にはあの、そのクラスの中で好きな人っているのか……?」
ごく自然にお父さんはその話をしてきた。でも、僕の胸がドキンドキンとお父さんに聞こえてしまうんじゃないかと思うほど鳴る。そうだ、この胸のドキンドキンは僕には今のクラスの人の中に好きな人がいるというのを表しているのだ。
「……まあ、いる、かも……?」
でも、認めるのは、少し恥ずかしかったので言葉を少し濁した。だけど、僕ももう高校2年生だし、好きな人が1人いても別に何もおかしくはない。だけど、他の人に――特に親に自分の好きな子のことを話すと少し恥ずかしい。
「そうか、いいんじゃないか。その子と距離はどうなんだ?」
「いや、1回か2回話しただけで、ほとんど関わりはないから進展するような話はできないかな」
お父さんが少し前のめりになった。
僕のクラスの仲がいいということもあってか――いや、ちょっとある出来事があって僕は好きな子に1回か2回自分から話したことがある。何の話をしたっけな……。そういえば、なぜだかわからないけれど最近、その好きなこと無性に目が合う。とはいっても相手が僕を見ている感じはないし、偶然なような気がするからやっぱ進展とかそういうのは悔しいけど難しいだろう。
「まあ、そんなの期待してないから別にいいぞ」
お父さんのこの少しニヤリとした顔、絶対期待してるよという顔だ。お父さんはお母さんとの結婚がすんなりうまくいったのかもしれないが、恋というのは思ってる以上に難しいんだぞと言いたくなる。でも、これ以上話を発展しないためにも抑えておいた。
この後もお父さんは色々話しかけてきた。幸い、これ以上僕の心臓がドキンとするような質問はしてこなかったが、やはりさっきの好きな人を聞いてきたことの余韻がまだ残っている。
「美味しかったな。また今度来たいな」
「うん、僕もまたお父さんと来たいな」
「じゃあ、俺はコーヒー飲んだら終わりにしようかな」
「じゃあ、僕もこの紅茶で」
頼んだ料理を全て食べ終えると、食後のティータイムとして温かい紅茶を持ってきて飲んだ。やっぱ最後はこれだ。色々お父さんからの質問に答えなきゃいけなかったりしたけれど、久しぶりのお父さんとの食事は結構楽しかった。僕がまた来たいと言ったのも素直な気持ちだ。ただ恋について聞くのは少しやめてほしいけれど。
僕が先に最後の一口を飲み終わったので、おいしくコーヒーを飲むお父さんを待つための時間潰しのためにスマホを少し開いたら誰かからラインが来ていた。たぶん急用とかではないだろうし、帰ってから返信しよう。
お父さんも最後の一口を飲み終えると、レジで会計をし、近くのコンビニに明日の朝のパンとあるものを買ってから家に戻った。
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