第1話 父と2人で

「ただいまー」

 

 誰にも聞こえないぐらいの小さな声でそう言った後に、靴を脱ぎ、家の中に入る。なぜか靴の中に石が入っていたようで、足が少し痛い。

 

 僕の家族構成は両親と僕の3歳年上――つまり大学2年生のお姉ちゃんの4人暮らしだ(ちなみにお姉ちゃんはそこそこの偏差値のある大学に通っている)。でも、基本的に皆家に帰る時間は遅いので、靴を見てみると今はまだ今日仕事休みのお父さんしか家にいないようだ。


「おー、想之也、おかえり」


 僕の小さな声にはやはり気づかなかったようで、僕がリビングに入ってきたタイミングで、お父さんがあっ! 帰ってきたんだという顔をした後に、その挨拶を僕に対してしてきた。僕は軽くうなずく。お父さんはリビングにあるふかふかなソファーでリモコンを持ちながらローカルニュースを見ていたようだ。


「そうだ、お母さんは仕事で、お姉ちゃんはバイトで遅いらしいよ」


「ふーん」


 家族全員がこの時間に揃わないことがあるのは珍しくはないが、2人もいないのは少し珍しい。僕は制服から普段着に着替えながらローカルニュースを見ながら話す父の話に相槌を打つ。


『もうすぐお盆ですが、どこに行きたいですか?』


『えっと……遊園地と、水族館と、動物園!』


 お父さんが見ているテレビのニュースでは、もうすぐお盆いうことだからか、小さな子――幼稚園生とか小学1年生ぐらいの女の子にお盆にどこに行きたいかインタビューをしたそうで、そのインタビュー映像が流れていた。もう世の中ではそんな時期なのか。僕の体にある時間間隔がややバグっている。僕の夏はもう始まっているのだろうか。


「想之也って部活は明日までだっけ?」


「うん、明後日からは少しの間学校閉庁日で空いてないから」


「へー、そうか……」


 僕はようやく制服から普段着に着替え終わる。今年の夏は去年の夏よりも暑くはないみたいだが、それでも夏はそれなりの気温があるため、ワイシャツには汗がたっぷり染み込んでいた。それは夏のいやなものベスト3に入る。


「そういえば、夕飯は食ったか……?」


「あー、まだ」


 本当は駅前のハンバーグショップで食べてこようと思ったが、夏休み期間ということもあり、かなりの混雑だったので断念した。だからまだ夕飯は食べていない。お腹は今すぐに、なんでもいいから食べたいと要求している。


「お母さんもいないし、そこのファミレスにでも行くか。たぶんあそこは広いし、席は空いてるだろう」


「あー、分かった」


 お父さんに誘われて、僕は簡単な身支度を済ませてから再び外に出る。一歩外に出ただけでもクーラーなんかついていない外は相変わらずに夏なんだなと感じるぐらい暑い。


 お父さんは僕が出たのを確認すると、家の鍵を締めた。そして念のためにちゃんと閉まっているかを確認する。


 というか――


「お父さんと2人でどっか行ったことあったっけ……?」


 基本的にうちは外食とか含め誰か家族とお出かけはしないし、するとしても大体は僕とお姉ちゃん、もしくは僕とお姉ちゃんとお父さんの組み合わせだから、そう考えると初めてかもしれない。


「それは流石にあるけど、かなり久しぶりかもな」


「そうだね、僕が小学校低学年のときとか幼稚園生のときはよく一緒にお出かけしたかもしれないね」


 一番記憶に残ってるのは小学校1、2年生ぐらいのまだ比較的小さなときに僕がなぜだか分からないけどあるミステリー映画を見たいとせがんだそうで、お父さんになんとかして連れて行ってもらったことだ。そこまでは別に至って普通だが、見ている途中にいわゆる殺人事件が発生し、赤い血のシーンが流れたところでどうやら急に怖くなって泣いてしまい途中で退場する羽目になったらしい。全部を覚えているわけではないけれど、その記憶はかすかにある。昔はどうやらかなり弱い子だったらしい。今はどうかは自分では分からない。 


「そうだな。まあ、いつの間にかときは流れるってことよ」


 ファミレスまで近いという理由から、車は使わずに歩きでそこに行くことにした。さっきまでは暑いと感じていたが、時々吹く風に当たると案外いける暑さなのかもしれない。


 ファミレスに着くと、お父さんがまず先に店の中に入る。見た感じだと席は7割弱は埋まってる。思っていたより比較的年齢層が高い。


「いらっしゃいませ。お客様、何名様でございますか」


「え、2名です」


「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」


 研修中とネームプレートに書かれていた店員さんに一番奥の席を案内された。お父さんが僕のことを気遣ってか、椅子の方に座ったので、僕は遠慮なくソファーの方に座った。


 手拭きなどで手を拭いてからメニュー表を開く。


「あー、別に好きなの頼んでいいぞ。特に気にせずに」


「あ、うん。じゃあ遠慮なく」


 たぶんお父さんは滅多ない2人だけの外食だから好きなだけ食べて欲しいという意図で言ったんだろうと解釈する。


 このファミレスはイタリアン系のファミレスなので、チーズや小麦を使った料理が多く並ぶ。確か、学校でここのファミレスのメニューで何が一番好きかの投票を誰かが取っていたけれど、一番はドリアだった気がする。


「ステーキとご飯にしようかな。たしか、子供の時はよくそれ頼んでた気がするから」


「たしかに、想之也はハンバーグをよく食べてたな。ちょっと子供時代を思い出せていいんじゃないか」


 少しステーキということもあり、他のメニューよりも高めだが(それでもこのお店は全体的に価格が安いので、他の店で頼むよりは全然安い)、お父さんは特に嫌な表情をすることはなく、むしろ少し微笑んでいた。


「まあ、今後は大人の判断しなくちゃいけないときがあると思うから、子供を感じるのは今のうちにな」


 ――大人の判断。


 お父さんの今言ったその判断って具体的にはどういうものを指すんだろうか。なにか、大切なものを……とか?


「じゃあ俺はドリアとグリーンサラダにしようかな。想之也はドリンクバーいる?」


「じゃあ一応」


「じゃあ俺もつけよう」


 お父さんはそう言った後に、呼び出しのベルを鳴らし、来た店員に僕のと、お父さんのをそれぞれ注文した。注文が終わると、それぞれドリンクバーに飲み物を取りに行く。氷を3、4個入れたコップに僕は紅茶、お父さんは烏龍茶を入れた。飲み物の入ったコップを席に持って帰り、スマホなどを少しいじって時間を潰していると、僕らの注文した料理が来た。


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