僕らは高校に閉じ込められている

友川創希

プロローグ

 学校の夜――学校の真夜中というものは考えるだけでも正直、気味が悪い。音楽室の壁になぜか貼られている教科書にも載っているような有名な音楽家たちの写真。目をギョロリとさせて僕らを何か意味のあるかのように観察したり、威嚇するかのように見つめてきたり……。そして理科室にいる古い人体模型。不気味に動き出し人間に突然襲いかかってきたり――まあ、そんなことはあくまでもアニメとか漫画とかの架空の話だし、今の時代、実際に考える人は少ないのかもしれない。あったとしてもこれらがこの学校で起こる確率なんて隕石が落ちるよりも何倍も何倍も低いんだろう。


 でも、そんなようなものではないけれど、僕は今、夜の学校で何か声のようなものが聞こえるのだ。現実世界を奪ってしまうような不気味な声が。


「……✕✕、うぅぅ〜。へー。しぃぃ〜」


 何か言葉になっているのか、それともなっていないのかも分からないような声がどこかあっちの方の教室から聞こえる。あそこは、なんの教室だっけ。はっきりした声でもないし、謎が多い声。でも、なぜだかは分からないが特別、恐怖心とかそういうものはない。むしろ、なんだか妙に気になってしまう。


「……ばー、きー、✕✕、ぼー」


 本当に一体何なんだろうか……まさか幽霊? それともこれはこの学校では当たり前に近い光景でそれを僕は知らなかっただけ……つまり何も不思議なことじゃないんだろうか。例えば床のきしむ音が……のように。僕はその声をもっと耳をすませて聞いてみる。


「あれ、沢平さわひら……想之也そのや、そこで何やってるんだ!?」


「えっ! あっ、はい!」


 なんだ! と思って声のした方を無意識に向くと、担任の北原きたはら先生が僕の方へゆっくりと向かってきていた。


 やばい! 先生に見つかっては困る。というのも、部活の自主練習をしていたら、いつの間にか完全下校の7時をとっくに過ぎていることに気づいたのだ。それにダブルパンチする形でここから何か声が聞こえたので、自然と聞き入ってしまっているのだ。うちの担任、普段は小さい悩みでも聞いてくれたり、時々クラスメートにお菓子を買ってきてくれたりして優しい人だが、こういうことに関しては気分によってはめちゃくちゃ怒られる。なので、見つかってしまったいじょう、先生がちょっと気に入っている女性の先生から手作りのクッキーをもらえた……なんてことがあったりして気分がいいことを願うしかない。


「いや、あの、部活で活動してたらいつの間にか完全下校の時間を過ぎてて……。で、ですね……」


 とりあえずこれは僕の過失なので、素直にこうなった経緯を言う。何事もまずはやってしまったのなら認めることが大切だ。というか、先生の目が狐みたいに鋭い感じがする。こっちの方があそこで聞こえてきた声よりも何倍も怖いかもしれない。


「今、何時何分だ?」


 歩いていた先生は僕の前でピタリと止まり、僕に対して質問を投げかける。


「7時30分を過ぎました」


 スマホで時間を確認した後に、先生からの質問に答える。つまり学校を7時までに出ないといけない決まりなので、30分以上も完全下校時間を過ぎていることになる。まだ5分とか10分ならぎり許容範囲でいけないこともないかもしれないが(いや、それでも多分だめだ)、30分は流石さすがに許容範囲では済まされない。


「まあ、夏休みも部活頑張るのは高校生らしくて偉いし、伝統を守る君の部活は伝統を大切にするこの学校の誇りだけど……時間は守ろうな。最近あれもあったけど、流石に30分はやばい。今回はとりあえず注意で見逃してやるけど、今度は気をつけろよ」


「……あ、はい」


 えっ……? えっ……?


「じゃあ、もう過ぎてるんだから、気をつけて早く出るんだぞ」


「あっ、はい……」


 あれ……? それじゃ……? 


「あの、先生ここってなんか声――」


「ん? 声?」

 

 先生の頭にはてなマークが出現した。先生にはやはり聞こえていないんだろうか。今もしているこの不思議な声が。でも、今聞こえる声はさっきよりもかなり小さくなっていて僕でもギリギリ聞こえるぐらいの大きさだから、気にしていない人には聞こえないのかもしれない。


「いや、何でもないっす」


「そうか。まあ、なんかあればいつでも言えよ。それが先生の役目だからな」


 先生は少しドヤ顔をしてそう言うと、何事もなかったかのようにその場を立ち去り職員室の方へと向かった。意外とあっけなく終わった。なんかもっと注意されるのかと思って身構えていたので、いらない体力を使ったみたいで急に疲れがどっと来る。とりあえずこれ以上大きな注意を受ける前に帰るか……。


「た、す……て……」


 今度は少し大きな声が聞こえた。たすて……。でも、何かの音が脱落してるような気もした。気になる気持ちもあるが、先生にこれ以上注意されるわけにもいかないし、その気持ちをぐっと抑えて僕は家路についた。でも、その言葉がどうもつっかかる。


 今日の帰り道はなぜだか、よく赤信号に引っかかった。


 

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