第16話 机の中
「まあ、流希の机の中だけ見て早く出よう」
「じゃあ、流希くんのを……。失礼します」
逢望さんが丁寧にそう言ってから流希の机の中を覗き込む。やはり流希の机はやや汚い。別に見るのが辛いぐらいとか、プリントが散乱しすぎてプリントたちが切れてしまってるとかまではいかないが、逢望さんが見ると考えると、とても失礼な状態だ。でも、逢望さんは特に何も言うことなく、探し始めた。
「あ、テスト……」
少し珍しいものが出てくる。論理国語という主に評論を扱う授業のテストだ。それの解答用紙。確かテストは数ヶ月前にあったはず。
「失礼かもしれないけど、意外と流希くんって点数いいんだね」
「まあ、見た目にしてはいいのかも」
確かそのテストの点は65点が平均点だったけど、流希の点数は73点なのでそこそこいいんだろう(ちなみに僕は77点だった)。平均点が65点というのはこの教科にしてはかなり低かったが、それは最後に出た初見の問題で推理小説並に考えさせられる問題が多く出たからだろう。
「私は確か78点だったかな」
なんか少し悔しい。逢望さんに1点負けた。でも、逢望さんは僕と反対で理系なので実質大敗したと言ってもいい。
「なんか、他にも流希くんの机の中って色々面白いものが出てくるね。これとか、これ」
確かに色々出てくる。中学生がよく持っていそうな、匂いの出る消しゴムや(どうやら高校でも持ってる人はぼちぼちいるらしく、笛乃さんも持ってるらしい)、足とか手につけるミサンガなどが出てきた。
「あれっ、ちょっとこれ見ちゃいけないものを取り出しちゃったかも……」
「えっ、なに?」
少し目を逢望さんが細めた。かなりあれなものを見てしまったようだ。何か少しあれなものでも入ってたんだろうか。消費期限が切れてるお菓子とか、汗臭い体操着とか、誰かの写真集とか……もしくは赤点のテストとか?(いや、彼は平均ぐらいは取ったことが何回かあるって言ってたけど、流石に赤点は取ったことないと言っていた)。
「これは、ラブレター……?」
「あー。それ、ラブレターみたいなやつだけど、そうじゃないから大丈夫だよ」
逢望さんが紙みたいのを取り出し、僕に見せた。なんだそれか。それなら安心だ。別にここに入ってるぐらいだからやばい内容とかも書かれてなだろうし。この机の中に入っていることはさっき、流希から聞いている。
「ん?」
「まあ、流希のそういう関係の人にあてた手紙だって」
逢望さんとの空間で恋人とかいう言葉を使うのは少し恥ずかしかったので、そういう関係の人という言葉を使って補足した。
「へー。というか、流希くんそういう関係の方いたんだ」
「うん、誰かは分からないけど。でも、別れたぽい」
誰かは僕にもわからない。僕の知っている人なのか、はたまた全く知らない人なのか。
「そうなの?」
逢望さんの目が少し変わる。ちょっと言葉の選択が間違っていたかもしれない。
「あー、でもねー、別に逢望さんが考えてるようなのじゃなくて、一緒にいる理由が分からなくなったみたいで、それが分かるまで一旦別れることにしたんだって」
「ふーん。高校生って複雑だねー」
そうだ、複雑。
「まあ、少し見ちゃおう! 逢望さんも正直なところ少し興味あるでしょ!」
「まあ、正直言うとね、正直に言うとだけど」
流希の机を覗いた目的とはかなりかけ離れるけれど、興味がどうしても勝ってしまう。流希はどんな文字でこの手紙を奏でたのか。僕らは少し悪巧みをしている人のようにお互い目をあわせ少しニコッとした後に、たたまれている手紙を開く。そして一行目に目を映す。
『今日は君に相談したくて手紙を書いています。その前にいつもこんな俺のことを君なりに考えてくれて、そして想ってくれてありがとう。そんな君にいつもいつも支えられています。俺らがこういう関係になってからある程度の時間が経ちました。なんか凄くあっという間でした(こんな幼稚な文がもう少し続きます。ごめんなさい)。君と最近ラインして思ったことが1つあります。なんで俺らはこうやって一緒にいる理由が分からなくなってきたねって君は送ってきました。確かにと俺は思いました。なんでこうやっているんだろうと本当の理由が自分も分からない。こんなんでいいのかな? っていうことも君は笑という文字を最後に付けてラインしてきました。それで俺は凄く考えさせられました。それで俺はある結論に至りました。俺らは一旦この関係をやめ、なんで俺らは一緒にいるのかその理由が分かったら、もう一度戻りませんか? という提案です。そうしたほうが俺らはもっと、こう、言葉で表すのは難しいけれど意味のある関係になれるはずだと思います。だから君の意見も聞きたいです。でも、どいう関係でも俺が君のことを忘れることのできない人になったこと、それは変わることのない事実です』
文字数にしてざっと500字――原稿用紙1枚を少し超えるぐらいの文字が書かれていた。それも丁寧な字で。確かに本人が言っているように少し幼稚な文かもしれない。でも、流希が言いたいことはなんとなく理解できた。これがさっき聞いたものの真相。
「ちょっと難しいこと考えてるね」
「まあ、そうなんだろうね」
僕はそれよりも一つ気になることがある。君って一体誰のことを指しているのかってことだ。君……? なんで名前を呼ばなかったんだろう。手紙にその人の名前を書くのが恥ずかしかったんだろうか。
――どいう関係でも俺が君のことを忘れることのできない人になったこと、それは変わることのない事実です。
「でも、なんか気持ちが現れてる手紙だったな」
「あいつさ、少し頼りなく見えても、意外と人のことを見てるやつなんだよ。僕のことも見てくれるいいやつ。普段はそういう感じを見せないけど、そのところを見た誰かが、流希とこういう関係になってくれたんだと僕は思ってる。世の中にはこういうやつのいいところを見つけちゃう人がいるんだなって……」
もしかしたら今までの様子とか机の中から頼りないやつだと思われてるかもしれないけれど、そんなことはない。例えば、流希は僕の相談にもよくのってくれる。あいつ、他の人のことを見てくれてるんだなと感じたのは去年の夏前だった。それは僕がテストであまり良くない点とってしまったときだと思う。もう終わったことだからしょうがないと思いながらも、少し悔しくて、その気持ちを文にした。その文を、少し友達に話すような軽めの口調に変えてラインで送ったのが流希だった。理由は単純だ。流希みたいな相手なら、単純な言葉で返してくれると思ったから。
でも、あいつは違った。
『テストでは悪い点だったかもしれないけど、努力とか優しさは悪い点なんかじゃなく、満点だったと思うぞ。休み時間もよく勉強してたし、教科書にはメモがびっしりと書かれている……そんなところから努力が見えたし、勉強で困ってる人に分かるところは積極的に分かりやすく教えてた。だからさ、そんな落ち込むなよ。文は軽めでも、俺を騙すのは難しいぞ』
こんなものを返信してきたこのとき、流希を騙すだけではなく、相手がこういう文を送るなんてあるわけないと思ってた僕は流希という人間に騙されるんだなと思った。こんなに見てくれたり、僕のことを考えてくれた……そう知った。
普段は頼りなく見えるような流希でも、心の奥深く――本当に人が悩んでるときには、すごく頼りやすい人。そんな人もこの世には存在した。
「この世界は広いから自分の思ってるよりも色んな人がいるんだね」
「そうなんだろうね。流希以外にも、逢望さんだってそうだし」
「えっ?」
「なんでもない」
逢望さんみたいな人だって、こんな人がいるなんて最初は思ってなかった。でも、ここにその人はいる。それにプラスして僕に恋をさせてしまうような人もいるなんて。もちろんそれは僕の心から逃げ出すことはない。でも、それを本人の前で言うのはまだ早いと言うか違うというかで言えない。だから、それから逃げた。
それよりも逢望さんの言う通り、自分が思ってるより色んな人がいる。いろんな考えを持つ人、いろんな性格の人――。
色んな人……?
だからこの事件の犯人も……?
「ちなみにこれ、どうする?」
「あー、手紙? 本人曰く失敗したものらしいけど……。僕がもっとこうかな。ちょうだい」
「あ、うん」
僕は逢望さんからその手紙を受け取ると4等分に折ってポケットの中に入れた。
最後にこの教室の窓と掃除用具庫の扉をしっかりと閉めて、次は図書室に向かう。
特に何か明確な手がかりがあったとか、そういう収穫を得ることはこの教室ではなかった。でも、少しだけわかった気がする。自分の人生や、逢望さんが言っていたことから。少しだけ、分かった――
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