第20話 色んな気持ち

「私たちが姿を見せた瞬間さ、その友達がさ、私にハグしてきたんだよ。その抱きしめられた瞬間、私の瞳から涙が、溢れて、溢れて……、溢れて……」


「その涙ってどうして――どんな感情で出てきたの……?」


「なんだろう、ごめんねっていう気持ちと、見つけてくれてありがとうっていう気持ち、そして、間違ったことしちゃったのかもしれないっていう反省の気持ちと……。そんな感じにたくさんの気持ち……そんなのが混じってた」


 そうか、そんな気持ちが混ざっていたのか。分からないぐらいたくさんの気持ちが。


 逢望さんは少し泣きそうになりながらも話を続ける。




『大丈夫だった?』


 友達が逢望さんに抱きついたまま、涙の雫が顔全体に覆ってる……そんな見たことも、想像もできなかった顔のまま逢望さんの顔をしっかり見て、そう言った。


『ごめんね、ごめんね』

 

 逢望さんは何度も何度も謝る。少なくとも、こういう事をすると友達とかには言っておくべきだったなって強く感じたらしい。


『2人とも、まず無事だったことは本当によかったけど、どうしてここに?』


『先生、本当にごめんなさい。それは――』


 友達がゆっくりと、抱きしめていた手を離すと、今度は先生が逢望さんに質問してきて、逢望さんはそう答えたそうだ。でも、先生になんて言えばいいのか分からず、少しためらって後に続く言葉が出なかったそうだ。


『あの、俺から話します』


 逢望さんたちを苦しめた主犯の男子が、突然手を上げて、自分たちが2人を苦しめてしまったことを告白して、その告白に続き、それに関わった男子2人も事実を認め、頭を下げた。


『じゃあ、それについてはクラスの人とか知っている人に確認し、ちゃんと事実といえるまでの状態になってからまた話します。あなたも、見たの?』


『はい……少し見ました。でも、私が見たのは最初の方だけだったので、そこまで深刻なものではないと思ってました。でも、今聞いて分かりました……。ごめん逢望ちゃん昨日も、一昨日も話したのに、気づけなくて、そういうこと聞いてあげられなくて……』


 また、その友達は少し泣いてしまったようだ。別に何もその友達は悪くないのに、泣いてしまったみたいだ。むしろ自分の方が悪いのに、泣いてしまったみたいだ。


 じゃあ皆、一旦戻りましょうか……。少し落ち着いてからそう言って先生がその場を立ち去ろうとした時、主犯の男子が再び声をあげた。


『あの、先生、信じてください。俺らが完全に悪いんです!』


『そうですよ、僕らの責任です。信じてください! 事実です!』


『本当に本当に事実です。事実か確認するのも大切かもしれませんが、それより今は2人を……その方が大切です。だから事実って認めてください……。先生、どうかお願いします』


 最初はなんでこんなに3人が認めてほしいって言ってるのか全然理解できなかったらしい。ただただそのときは驚いたようだ。


『本当に、事実なんですね。自分の非を認めるんですね』


 その時の先生の目つきは今までで一番怖いものだった。この世の人間の目ではないように思うぐらいだったみたいだ。でも、男子たちはその怖い目に怯むことなんてなく、うんと大きくうなずいた。


『俺ら3人は今では仲良く話します。けど最初は話すことなんてなかった。それも僕ら、実は人数が少ない学校から来たんです。だけど、お互い喋ったことはなかった。逢望も人数が少ないところから来たって最初の方の自己紹介で言ってたから仲良くなれると思ったんです。でも、逢望はすでにこのクラスでたった1人の同じ小学校のやつと仲良く話してた。だから、話す余地なんてなかったから仲良くなれそうになくて……それに同じ立場のはずなのに、最初の方から楽しんでいる感じが少し悔しかった。恨んでいた。だから、気づけばこんなことをしてました――』


 主犯は言葉に詰まることなんてなく、今までの経緯を説明した。たぶん、この話に偽りはない……そんな顔で話していたみたいだ。


『だんだんと俺ら3人が仲良くなってこの学校を楽しめるようになっても、なんかこれが当たり前だと思って続けていた。でも、今考えればおかしなことをしてた』


『だから、こんなことで、辛い思いをしたものの代償になんてほんの少しにしかならないと思うけど、でも、少しでも代償になるのなら、謝らしてください。ごめんなさい』


『俺も、ごめんなさい』


『僕も、ごめんなさい』





「このとき――3人が謝ってくれたときさ、分かったんだ。本当はこんなことやる子じゃないし、やりたくはなかったんだって」


「そうか……」


「ここからは、私の恨む部分にも入るんだけどね――」


 そう言って話を続ける。



 

 数秒間、3人は頭を下げたあとにゆっくりと顔をあげた。


『あの、あなたにもごめんなさい。これに巻き込んで』


 次に私の友達にも謝った。


『君たちは、悪いって分かったと思うけど、まだ分かり足りてない部分がある。だから、それを分からないと、少しずつでもいいから……そこを。それが君たちが自分たちでやらなきゃいけないこと。分かった?』


『はい』


 口調は優しかったが、心の中では本当に怒ってくれている……それは感覚的にすぐに逢望さんは悟った。


『あの、こんなこと言うのなんておかしいかもしれませんが、すぐにじゃなくてもいいんです。少しずつでもいいから、今じゃなくてもいいから、仲良くなってくれませんか』


 逢望さんは、その言葉に一瞬固まってしまったらしい。自分が言うべき言葉が、みつからなかったみたいだ。


『私は、君たちを恨んでいるから……。恨んでるんだから……』


『逢望ちゃん、無理して仲良くなる必要ないからね。そりゃ恨むよね、逢望ちゃんたちを辛くさせたんだもんね』


『いや、私のことは関係ない。✕✕くんとか、◯◯ちゃん……他の人も巻き込んで……そのことの方が恨んでる。さっきだって◯◯ちゃんを泣かせた。だから、私は、この人たちに対しても自分でできることをしなければ、仲良くなることはできない……それだけは理解しておいて……』




「……あ、ごめんというか、もうかなり話してたね。私たち、今、事件に巻き込まれてるのに、こんなに話してる場合でもなかったね」


 急に逢望さんは話を切り上げた。逢望さんの話してくれた世界に入っていたため自分たちが事件に巻きこまれてることすら少し忘れかけていた。


「えっ、ちなみにその後は……」


「まあ、想像に任せるよ。でも、必ずしもこういうのっていいもので終わるとは限らない。それだけは言えるかな」


 この先を考えることは僕みたいなやつでは多分無理だ。どういう展開になるのかはあまり描くことができない。逢望さんがいいもので終わるとは限らないって言っていたからあの子たちともしかしたら仲良なることはできなかったのかもしれない。


 でも、どんな展開になったにしろ、この逢望さんが話してくれた内容から人は知らないうちに人を恨み、恨まれていることはあるんだということははっきりと分かった気がする。


「人を恨んでたのは今に始まった話じゃないじゃん。有名な例でいくと、源氏物語とか。これは想之也くんのほうが詳しいと思うけど……」


「ああ、あれでしょ。桐壷の更衣っていう人物が身分が低いのにもかかわらず、帝の寵愛を受けていたから、他の女御たちから恨まれたみたいな感じでいじめられてたってやつでしょ」


「そう」


 僕がそれについて知ってるには前に伝統文化部の活動で少し源氏物語について扱かったからだ。でも……。


 ――恨み、恨まれる。


 人間はそういう生き物。


 僕も、知らないうちに誰かを恨み、そして僕を恨んでる人がいるのかもしれない。


 もしかしたら、この事件、誰かの恨みが本当に原因となって起こされてるのかもしれない――。

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