第19話 辛かった過去

「なんか、私が恨まれたのは中学1年生で、恨んだのも中学1年生だった。だからまず恨んだ話をするね。一応、プライバシーの関係上、名前は伏せたりして話すよ」


 そんな小説の序章を読むみたいな感じで逢望さんが過去について話そうとしてきた。


 小さく咳払いしたあとに、その過去について語り始めた。

 

 逢望さんが恨まれたのは中学1年生。僕らは今、高校2年生なので、つまり約4、5年前の話だ。更に昔のことをこの話に関わるからと前置きして、それについても話してくれた。




 逢望さんの小学校は市内で一番生徒数の少ない学校だったみたいだ。小学校の人数は1学年20人にも満たなかったらしい。つまり全校生徒は100人前後。この人数だから廊下ですれ違った人のほとんどは名前が分かるぐらいだったという。その学校から中学校に進学した逢望さんの周りはもちろん知らない景色――知らない人たちで埋め尽くされた……そんなものに一瞬で変わった。


 逢望さんが進学した中学校は市内でも大きな中学校。小学校ではたった1つだったクラスも一気に6クラスになった。そんな状態だから逢望さんと同じ中学で同じクラス出身の子はたった一人の男の子だけだったそうだ。だから最初話す相手が見つからない時はその男の子とよく話してたらしい。でも、その状態が思春期だったこともあり他の小学校から来たクラスメートたちを刺激した。


 ある時、ある陽キャの男子が、逢望さんとその同じ小学校だった男の子の話に割り込んできたらしい。


『2人で何話してるの? まさかこれからの同居生活の話?』


 最初はそんな話に、なわけないじゃんとか半笑い気味で対応をしていたらしい。楽しませるというか、いじるために冗談で言ってると思ったそうだ。


 でも、それが日を追って段々とクラスに馴染んでいく間にエスカレートしてき

たらしい。


『お前らの結婚まだなの? なんかムカつくから早くしちゃえよ!』


『早く婚姻届、出せば? それとも、逢望がなんか見た目の部分で彼の好みではないのかな〜』


『祝い金出してやるよ。1万出してあげるから、それで指輪でも買えば〜。それとも逢望の拾った草で十分か……?』


 他の男子も混じり、そんなことまで言われたらしい。段々とエスカレートしていくいじりというかいじめに近いようなものに、逢望さんもその男の子も時々腹痛が襲ってきたり、頭が痛くなったりする体の変化までも現れてきたらしい。


 もちろんそんなこと気にすることないよと女子はもちろん、そのいじりやいじめに関与していない男子からもそう言われたが、逢望さんたちはお互いのことを考えて一旦話すことをやめたらしい。


 それでも、一部の男子による行為は続いた。ただ少し変わったのはクラスの人が見ていないようなところで言われた。


『夫婦喧嘩でもしてるんですか〜、早く仲直りしましょうよ〜』


『それとも、なんかあったのかな〜。逢望がなんかしたのかな〜』


『早く、早く〜!』


 だから、逢望さんは耐えられなくなった。もちろん、その男の子も。でも、先生には頼りづらかったみたいだ。当時の担任の先生はこの目で見た事実しか信じないそんな先生だった。噂によると、1年前に3年の担任を持っていた際、ある生徒が誰かに最近お金を盗まれていると相談したらしいが、そういう事実が確認できなかったため、すぐに先生はちゃんと管理がされていなかっただけ、と結論づけて特別対応することはなかったらしい(でも、この件については他の先生が後日、犯人である生徒を見つけ出したらしい)。そんな先生だから、頼ったとしても、特別対応なんてしてくれないだろうから、言わなかったらしい。




「学年の他の先生とかはだめだったの?」


「たぶん、その時は心の余裕がなくて、学年の他の先生に頼るっていう選択肢をちゃんと考えられてなかったみたい。で、私たちはね――」




 そして逢望さんと、その男の子は私たちをこういう辛さに追い詰めた人たちと、何も対応してくれなさそうな担任に向けて、復讐を起こすことに決めたみたいだ。その内容はお昼――給食の前に逃げ出すこと。と言っても、流石に学校外に逃げるのは事故になったらもとのこもないので、学校にある多目的室にその男の子と一緒に隠れたらしい。

 

 給食の開始を知らせるチャイムが鳴る。でも、今日は教室なんかにはいない。逢望さんたちは多目的室で隠れているから皆がどんな反応をしたり、どんな状態なのかも分からない。でも、10分たった辺りから、少しずつ動きがあったように感じたらしい。


『逢望ちゃん〜』


『✕✕くん』


 そんな声が聞こえてきたらしい。これは私たちを苦しめた人たちとは違う人たちの声。むしろそんなこと気にすることはないよと、優しく声をかけてくれた人たちの声。


 そんな人からの私たちを探す声に胸が痛んだそうだ。自分たちの復讐のせいで、関係ない人まで巻き込んでしまっている。本当は辛い、申し訳ない、こんなこと早くやめたかった。


 でも、私たちのSOSを伝える方法は、復讐する方法はこれしかない。そう思って必死に2人で耐え続けたらしい。

 

 ――ピンポーン、パンポーン。


 給食の時間が始まってから20分が経った頃だ。さっきまでは放送委員会がセレクトしていた曲調が豊かな音楽が流れていたはずなのに、その雰囲気を急に壊すような放送が入る。


『次に呼ばれる方が校内にいらっしゃいましたら至急、1年3組の教室まで来てください。成瀬逢望さん――』


 ついに、学校内の放送で逢望さんとその男の子の名前を出して、いるならば1年3組の教室に戻るように促された。この放送を読んでるのは、クラスの放送委員。最近よく逢望さんに関わってくれる人だったらしいから、余計に辛くなったらしい。その放送が終わってから、また何か声が聞こえた。


『女子トイレ全部見ましたが、逢望ちゃん、どこにもいない感じでした。男子トイレの方はクラスの男子が見てくれたそうですが、そちらもいなかったみたいで。先生、2人は大丈夫だと思いますか?』


『そうですか。少し心配ですね。いないのは事実ですから、早く見つけないと……』


『あの、先生、もしかしたら俺らのせいかも』


『もしかしたら僕も原因かも』


『ごめんなさい、俺も』


『えっ、どういうこと?』


『それは……』


 ――5人いる? さっき私の事を放送してくれた子と、先生と、私たちを苦しめてきた3人の男子たち。こっちに足音が近づいてくる。その足音が大きく聞こえる。


 ――コン、コン


 多目的室を誰かが叩いた。鈍い音だった。


『逢望ちゃんか✕✕くんいますか?』


 ――もう、ここで出るしかない。これ以上は迷惑をかけられない。


 そう思って、2人は少しためらいながらも、かかっている鍵を開けて姿を見せた。



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