第5話 現場
「えっと、ここが最後の確認か」
扉が開いた後に、足音は消えたが、その代わりに何か声が聞こえた。誰の声かは分からない。でも、この声の太さとか、震えとかの感じからたぶん事務室のおじちゃんとかそんな感じの人だろう。
再び足音が聞こえてくる。たぶん窓がちゃんと閉まっているかとか、そういうのの確認だろう。どうにかバレないようにしなくては。というか、失礼だけどそこにいる人、仕事中悪いけど早く出ていって欲しい。
「なんだ、お菓子?」
慌ててここに隠れたので、お菓子の入った袋はそのままのこと、食べたお菓子のゴミなどもさっきのところに散乱している。
「なんだ、このクラスはしょうがないな。全部持ってくか」
たぶん音の感じから回りに散らかったお菓子のゴミをお菓子の入った袋に移しているんだろう。まだ食べたかったお菓子もあるのに――というか、早く出ていってくれないだろうか、お願いだから。
「よいしょ」
数分立った後に再びドアの開く音がする。そして直後にぱたんと閉まる。
――もう、大丈夫だろう。
「あー」
「うー」
流希が扉を開けた瞬間に雪崩のように僕らは崩れ落ちる。
僕はさっき流希に手を引っ張ぱられた後、教室にある掃除用具入れに隠れたのだ。この教室の掃除用具入れが他の教室よりなぜだか知らないが、奇跡的に大きくて助かった。とは言っても、高校生2人が数分入るのはかなり息が切れる。満員電車にでも乗ったかのような気分だ。でも、あの人はここが最後の確認かみたいなことを言っていたので、たぶんもう大丈夫だろう。
「あー、がちで焦った。というかお菓子ないし。バイトの給料で出したのになー」
「それより見つからなくてよかったね。まじで見つかるぎりぎりの状況だったから」
「そうだな。じゃあ、本題にいくか。お前がなんか声が聞こえるって言ってたところまで連れて行ってくれ」
「了解」
念のために周囲を確認しながら進んだが、見たところどこも窓は閉まっていたし、職員室もこっそり覗いてみたが、どうやら誰もいなそうだったので、昨日僕が誰かの声をしたところまで流希を案内する。というか、誰もいない学校にいるなんて初めてだな。少しだけワクワクする。
「たしかこの辺」
僕は大体の位置で立ち止まる。でも、今日は声みたいのは聞こえない気がする。時間が違ったか、そもそもあの時限定だったのか。
「ん、たしかに聞こえる……」
流希は手を耳に当てながら少しの間目をつぶり、何か奥の世界を聞いているようだった。
僕も流希と同じようなことをやってみる。
「✕、✕、は、や、◯、✕、く。き、み、✕、だ、れ、き、き、み」
昨日よりも何か文になっているような気がする。は、や、く。き、み、は、だ、れ? そんなことを言ってるんだろうか。そしてもう一つ、これは男の声……?
「なんだ、普通ならかなりやばいもの聞いてるぞ、俺たち。ちょっと怖えーなー」
そういいながらも冒険心の強い流希はその声が聞こえる方向にゆっくりと進んでいく。僕もなぜだか自然と足が進む。一人じゃないからだろうか。それとも……。
「地学室か?」
この教室は地学室だったのか。ここら辺から一番聞こえるような気がする。その声が。ここまで来ると男の声なんなという確信がつく。
「あー」
ん? 男の声が響く。何かを諦めたような声だ。まさか、本当に殺人事件? ドラマとかでしか見たことないようなことがこの地学室で今、起きているんだろうか。急に僕の耳の中に不気味な音楽が流れてくる。僕にしか聞こえない不気味な音楽の音は段々と大きくなっていく。
――今が人生で一番鼓動が早いかもしれない。
さっきまで少しの恐怖心しかなかったのに、不思議だ。今、すごく、こ、わ、い……。
流希は地学室の前の方の扉に手をかけた。この冒険心の強い男、本当に扉を開ける気だ。流希のみ被害を被るならまだしもその扉を開けたら僕のも被害が来るんじゃないだろうか。
「やめとこうよ……」
僕は流石に堪えられなくなり、流希の耳元でそっと呟いた。でも、その言葉を流希は全く耳に入らなかったようでなんだ? と言われたので、僕はこれ以上言ってもだめだ、もしなんかあったらその時はその時だ……と考えることにするしかなさそうだった。もうなんでもいい。どうでもいい。
「じゃあ、開けるぞ」
流希は少しずつ地学室のドアを本当にゆっくりと開けていく。僕はいつでも逃げられるような体勢にして流希を見る。今のところは特に異変はない。
ドアが半分くらい開いた。中から風が入ってくる。冷たい。この地学室の中は吹雪みたいになってるんじゃないか。そう思えてしまう。
「もう、一気にいっちゃうぞ!」
流希は僕の方を向いてきて確認したが、僕は特に何かを言うことも、うなずくこともしなかった。だから相手はもう任せると言う意味だと悟ったのだろう。流希は勢いよくドアを開けた。
――ババン!
何かものが崩れていた時のように大きな音がする。でも、これはドアを勢いよく開けた音だ。どうか、何も起こりませんように。
「え、まじか!」
流希は何か驚いたような目をした後に地学室の中へ潜り込んでいく。何が起きているのか、僕は地学室を見ることがギリギリできないところに立っていたので、分からなかったが、何かが起きていることは間違いないだろう。それは彼の行動が示している。
「おい、何があったんだ」
「来いよ、早く! 早く!」
僕は仕方がなく、地学室に入る。ただカーテンも閉まり、電気もついていないため、周りの様子を詳しく知ることはできない。流希のしゃがみこんだ姿を見るのもやっとなぐらいだ。
「なんだよ」
「これ、人だろ」
そう言うと、流希は僕の足元付近を指さした。
……!
……!
――たしかにそこには人のような何かがある。
足で触れてみたが、たぶんこれは人だ。
まさか、本当に殺人事件!?
「やばい、たぶんこの人……息してないよ!」
流希はさっきの冒険心などどこかにいってしまったかのように、過呼吸気味に僕にそう訴えてくくる。
「え、本当か!?」
これはかなりやばい状況なんじゃないか。
「マジだよ! これ、マジのやつ!」
暗いのでどういう人なのかは分からないが、身長は僕と同じ170センチないかないぐらいだろう。僕もその人の心臓付近と思われるところに耳を当ててみたが、確かに本来なら聞こえるであろうドクドクという感じの音が全く聞こえない。たぶんこれは……。
「あの、大丈夫ですか!」
「大丈夫ですか!」
「僕らの声、聞こえてますか!」
僕らはその人を少し揺すぶたり、強くならない程度に叩いたりして反応を確認してみたが、全く反応はない。もうその人生の扉は閉まっていしまったのだろうか。もう一度必死に声をかける。
「早く救急車を呼ばないと!」
「そうだな」
僕は慌ててポケットにあったスマホを取り出して緊急通報のボタンを押す。ただ、少し手が震える。ここは現実世界なのだろうか。経験したこともないシチュエーションにさっきからちゃんと息ができない。自分は今生きているのかさえわからなくなる。
『メッセージ』
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