第23話 伝統文化部の部室

 僕の部室は本来なら色々貴重なものとかも置いてあるのもあって、鍵は閉まっているのだが、活動がなかった今日は業者が点検だか少しの工事だか分からないけれど、そんなのがあったらしいので今は開いている。


「失礼します」


 僕が入った後に3人も部室に入ってくる。僕らの部室はほぼ正方形に近い間取りの形で右端に伝統文化に関する本が小さな図書館のように並んだ本棚が、左端のは琴や箱根寄木細工などの楽器や伝統工芸を含む展示品と小さなモニターが置かれている。そして中央にはおばあちゃんとかの家にありそうな丸いちゃぶ台が置かれている。一応部室は上履きを脱いで入る小上がり式だ。この部活の部員は3学年合わせて約15名で週4日から5日ほど活動している。


「なんか木の匂いがいいねー」


「たしかにー」


「あー、分かるかも」


 先輩たちの噂によると、どうやらこの部室は少し特別な木が使われているらしい。そういう事もあってこの部室はいい木の匂いがするのかもしれない。なぜかこの部室に関する噂というのは色々あって、いくつか前の先輩たちがこの部室の噂話をまとめた小冊子を残していったらしい。昔から続く日本文化と同じように、この部活も長く続けられているということの証明でもあるんだろう。

 

「じゃあ、よいしょっと」


 流希がおじさんみたな前置きをしてからちゃぶ台の近くに座る。それから僕も電気をつけてから(ここも電気はついた)座った。少しだけ疲れが抜けていくような感じがする。


「なんか想之也くんの部活って楽しそうだね」


「まあねー。ちなみにさ、どうでもいいんだけど、2人は何部なの?」


 ちょうど部活の話になったので、僕は2人に何部に入ってるか聞いてみる。ちなみに流希はサッカー所属だ。うまいのかどうかは知らなけれど、そこら辺との試合の時、1点決めていた。今度、大事な試合があるから部員全員で今は調整中だそうだ。


「私は……吹奏楽部。この夏でとりあえず何曲かマスターしたいなと……。それが今の目標だから。まあ、簡単に言うと私にとっての一つの青春だから。笛乃ちゃんはたしか美術部だっけ?」


「あ、うん! 今は今度このあたりである祭りに展示するための絵を部員みんなで、想いを込めて描いてます! タイトルは『未来の青空』にしようとしてるところ……っていうね……。一応こんな感じっていうのがスマホに……あっ! そうだ、スマホないんだった! じゃあ、また今度見せるね」


 やはりスマホというのは僕らにとって色々な情報が入っている機械なんだなと改めて実感する。それはおいておくとして、逢望さんがきれいな想いとかの心を音で表す吹奏楽部、そして笛乃さんは逆にその世界を絵で表す美術部。どちらも神秘的な世界をつくり出してくれるそんな素敵な部活に所属しているみたいだ。そして、どちらもそれに励んでいる。青春の一部を創っている。


「ねー、想之也くんってお茶は立てられるの? なんか喉渇いてきちゃって……」


「あー、それは管轄外だな。茶道部じゃないと無理かな」


「そうかー」


 一応色んな日本文化については一通り学んだり体験したりはしているが、お茶を点てるとかはそういえば扱かったことはなかった。僕がそのことについて話すと、聞いてきた本人である笛乃さんは分かりやすく少し残念そうな顔をした。でも、たしかに喉は僕も渇いてきた。人間に大切な水分が僕の脳が欲しいという信号を出している。


「俺もなんか飲みたいなー。学校の水道はなんか検査するのか知らんけど止められるって先生から言われてるし」


「私も、少し……」


「あ、でも、お茶じゃなくてラムネならあるかも。まあ、僕らがこんな状況だから先輩たちも許してくれるでしょう」


 この部室にはありがたいことに小さな冷蔵庫も完備されていて(それは時々郷土料理を作ったりもするので、その材料の保存用だ)、先輩たちがたまに飲み物なども適当に近くのコンビニとかスーパーで買ってきて入れている。だから確かラムネならこの冷蔵庫にあった気がする。


 僕の読みがどうやらあたったらしく、ラムネが今度郷土料理で使う材料の間々に置いてあった(ちなみにその材料は調味料とかしかないので、ご飯になるようなものではない)。


 まず僕は3本とって3人に渡す。それぞれありがとうと言ってくれたあとに受け取ってくれた。


「あれ? 虫?」


 僕が自分の分(4本目)を探しているところで、小さな虫――蚊のようなものが飛んできたので、一旦冷蔵庫を閉め、しっしと僕は蚊を追い払った。それからもう一度、冷蔵庫をあけ、僕の分のラムネを探し始める。


「あー、ラムネ飲むとなんか夏だなって感じるよなー」


「うん、これで花火とかあったら最高だよね!」


「ある意味今も肝試しみたいな感じで夏を全身で感じちゃってるけど、早くこれも笑い話になるといいな」


 早く3人の会話に入りたいし、3人のように夏を感じたい。僕はまだ今年はラムネも飲んでなければ、スイカとか冷やし中華とかそういう夏の定番の食べ物も食べていない気がする。


「あれ、想之也、どうかした?」


 僕が冷蔵庫をガチャガチャやってるところを少し不審に思ったのか、流希が一旦飲むのをやめて、そう聞いてきた。


「なんかラムネが見つからなくて……」


 たぶん先輩たちのことだからもう一本ぐらいありそうだが、なかなか見つからない。あとは一番上の段になかったら僕の夏はまだ始まりそうにはない。探すのに必死で少し汗をかいてきた気がする。

 

「あ、なかった……」


 一番上の段も材料たちに挟まれていることを期待したが、ラムネの姿は見つけられなかった。僕は冷蔵庫の扉をパタンと閉じる。


 どうやら僕の夏はまだスタートしないらしい。でも、まあ3人に飲ませられただけでもましだ。僕だってもう十分心は大人なんだから、我慢しようと思えば、これぐらいの喉の渇き、我慢できる。


「あ、ごめん、俺、飲み終わっちゃった……」


「あ、私も……」


「いいよいいよ、美味しく飲んでくれたんだったら」


 と自分は言っているが、やはり喉の渇きは紛らわせない。やっぱり羨ましい。


「あ、私のはまだ3分のⅠぐらい残ってるけど、飲む?」


「えっ、いやそれは、そこまではいいよ……」


 逢望さんはまだ3分の1ぐらい残っているラムネを少し持ち上げてその場で軽く振った。たぶん、この人はこの状況だから気づいていない。仮に僕がそれをもらうのならこの部室にコップなんてものは存在しないから、直接その瓶に口をつけて飲むことになる。――それはつまりあれだぞ! 


「えっ、別に私はこれで喉が満たされたからいいよ。想之也くんだって喉渇いてるでしょ?」


 飲みたいのはやまやまだが、が恥ずかしい。逢望さんの優しさが僕を困惑させる。というか、笛乃さんも流希もせっかくいいって言ってくれてるんだから飲めば? という顔で僕に飲むこと押しているような気がする。この2人も僕が飲んだらどういうことをすることになるか分かってないんだろうか。兄弟とか彼女でもない逢望さんのを飲むことが、どういうことかを……。


「じゃあ、いただきます……」


 気づいていないのなら、それにここまで言ってくれるのなら、そして僕は喉が渇いているという3つの要因が揃ったので、かなり恥ずかしいが、僕は逢望さんから3分の1ほど残っているラムネを受け取った。


 それをできるだけ、口をつける時間を短くするため、おかしいと思われない範囲で一気に飲んだ。


 やはり、これが夏だ。


 ――僕の夏は、少し恥ずかしい、甘い特別な味。



 

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