第28話 正しいこと

 流希が部室にあった、いらない紙を使って即興で作ったあみだくじをやった結果、見張りは笛乃さん、逢望さん、流希、僕の順番になった。逢望さんが腕時計も持ってるし、部室にもデジタル時計(なぜ伝統文化部なのにここだけ発達したものを使ってるのかはしらないが)があるのでそれを使って、一人あたり45分ぐらいで朝までそれぞれ2回起きて、まわすことにした。


 まずは笛乃さん以外の人が眠りにつく体勢になる。この体勢になった瞬間、僕の体はかなり疲弊してたんだなということを突きつけてきた。かなり自分の体は我慢していたみたいだ。


 早く脳を休めて……。でも、僕は2時間15分後には起こされてしまうのか……そう考えると少し辛いが、見張りというのは安全のために怠ることはできない。


「じゃあ、皆、おやすみ」


 笛乃さんが電気を消して、その挨拶を僕ら3人に向けて言う。


「でも、私は45分後に起こされるんだけどね」


「まあね、とりあえず皆、早く寝ちゃいな」


「うん」


 僕はそこの言葉の後、すぐに目を閉じた。普段なら少しだけ考え事をしたりするけれど、今日はそんなことはしなかった。ただ、一刻も早く眠りたかった。




 ――夢の世界と現実世界ってたまに区別がつかなくなる。


 これは事実なんかじゃないかと強く思うことでも、眠りから覚めたら夢だったっていうことに気づいたり、起きた後に流石にこんなことは夢の中でしかないと思ったり。


 じゃあ、僕の今見ている世界は一体どっちなんだろうか? 


 ここは……暗闇の洞窟?


 全く見えない。暗くて何も見えない。目を開けていても、閉じていても見える景色は一緒だ。どこまでもこの景色が続いているんだろうか。


 誰かいないか僕は手を動かしながら確かめたり、誰かいませんか? と問いかけてみるが、何も返事もなければ、誰かがいる気配も全くない。


 なんで僕はこんなところにいるんだっけ……?


 自分はどうしてここにいるんだっけ……?


「僕って、一体……?」


 なぜか、自分の記憶すら忘れかけている気がする。自分の名前はなんか『想』の漢字が入っていたことは覚えてるけど、あと何の漢字を使ったっけ……? 誰かが決めてくれた名前なのに、思い出せない。


 そして自分って何歳だっけ? 自分って何ができるんだっけ? 考えれば考えるほど、何がなんだか分からなくなってくる。


 ――自分って今、生きてるんだっけ?


 それすらも曖昧になってくる。そもそも生きてるってどういう状態? なにがあれば生きてるっていうの?


「えっ?」


 急に明るくなった。と言っても、少しだけだが、周りを探ることは十分にできる。僕が周りを360度見渡すと、さっきまでは気づかなかったが、北の方角に明かりのようなものが見える。少し行ったところに出口らしきものがあるみたいだ。


 僕はその方角に向かって駆け込む。ここから1秒でも早く出たかった。こんなところにいたら、何かよくないことが起こりそうだと思った。それに、怖かった。


 ようやく出口にたどり着いた。かなり速いスピードで走ったせいか、呼吸が整わない。


 ――周りに景色が広がった。


 でも、僕がたどり着いた出口は、はっきりと出口といえるものなんかじゃなく、ただの崖だった。それもかなり高さある。先端の方まで危なくない程度まで進み、下を見ると、優に10メートルはありそうだ。ここから転落したらもう絶体絶命だろう。思わず身震いして、後退りしてしまう。こんなところにどうして僕はいるんだろうか。


「ん……子供?」


 後退りしたところで、僕の瞳にあるものが入った。子供らしき人が見える。それもかなり小さい子供――赤ちゃんだ。


「危ない!」


 まだ何が危ないのかを認知していない赤ちゃんが、崖の端っこまではいはいで進んでいく。この下に落ちたら、普通の人ですら受け身を取れないのに、まだ体ができていない赤ちゃんが落ちたら最悪の事態は避けられないだろう。でも、今助けたとして、失敗したら……僕までもが、落ちることになる。自分すらも犠牲になるということだ。


 海で溺れた人を助けるか、それとも違う方法をとるか……そういうような選択が僕を襲っている。


 ――大人の判断しなくちゃいけないときがあると思うから。


 大人の判断? 僕は今、大人の判断をしなきゃいけないときにあるのか。


 僕にとっての大人の判断って一体何なんだろう――


 怖い、いやだ。どんな選択を取ればいいかなんて僕には……。


 誰か――


 誰か、僕に正しい答えをください――


 正しい答えを……。

 

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