第7話 呼び出しの電話
ラインから逢望さんに電話をかける。この状況をなんて言うべきなのかは時間がなかったので全く考えられていない。だからアドリブでいかなければいけないのだけど、この状況をどう伝えればいいんだろうか。そもそも逢望さんと電話なんてしたことない。電話のかかるまでの間、必死に考える。
『はい、もしもし』
電話をかけてから数十秒ぐらい経ってから、逢望さんが電話に出る。夜だからというのか、何かいつもより甘い声だ。電話の向こうから風の音が聞こえるような気がする。
『あの、僕、想之也っ……です』
『ん? あっ、大丈夫、想之也くんっていうのは表示されたから分かってるよ。で、急にどうしたの』
僕が名前を名乗ったのは、表示されるのは分かっているけれど、一応誰だかを示しておくためっていうのと、これから何を言えばいいのかという時間稼ぎのためだ。だからラインの電話は無料で助かった。
『あの、本当に申し訳ないんだけど、今から少し、学校の近くに来てくれない……?』
『えっ、どうして?』
電話越しで表情は全く見えないはずなのに、きょとんとしている逢望さんの姿が想像できてしまう。たぶん、夜という時間に、更に特別仲良くもない僕からそんなこと言われて戸惑っているだろう。それに、普通に考えればこんなこというの理由によっては気持ち悪いかもしれない。
『あの、ですね。色々大変なことになってまして……。僕が頼れるのが、逢望さんだけなんですよね。家からも比較的近いですし……』
これだけじゃ、ただの気持ち悪い人だ。僕は何か、もっといい方法はないのかと必死に言葉を探す。もっと、こう、いい感じの……!
『えっと、どういう風に大変なの……?』
しばらく僕が言葉を詰まらせたためか、 逢望さんがお母さんみたいに気にかけるようにそう問いかけてきた。
『……あ、なんか、ちょっと、言いづらいんだけど、でも、僕らの人生が脅かされるような……』
なんで今まで僕はちゃんと言葉の勉強をしてこなかったのだろうか。こんなので逢望さんが来てくれるんだろうか。僕らの人生――命がかかっている問題なのに、情けないほどに相手を呼び出すことができない。僕らの命ってこんなにもあってなく終わってしまうのか。何事もなかったかのように終わってしまうのか。そんな軽いものだったのか。
『……あの、その……僕らは出られないというか、閉じ込められているといいますか……』
だめだ、なんて言っていいのか分からない。だって殺人事件が起きている学校にいて、今、僕らは人質なんだってことをいったら絶対に来てくれないだろうし、警察を呼ぶだろうから、僕らはすぐさまバッドエンドだ。だったらまだこのままのほうが何倍もましだ。
『……まあ、分からないけど、しょうがない、今から行くから。その代わり、あとでちゃんと説明してね。とにかく何かが大変なんでしょ?』
『……えっ、ほんとう? 逢望さん、ありがとう。あとでちゃんと事情は話すから……。とにかく助けてほしい!』
相手は少し呆れている感じもしたけれども(こんな感じの頼み方だからそれは当然だろう)、学校に来ることをなんとか承諾してくれた。なんとか僕らの命は皮一枚繋がった。少しだけ希望の光が見えてくる。
『はい、じゃあ、今から行くね。その代わり急ぐから、結構ラフだけど、変な風には思わないでね』
『もちろん。別に、どんな姿でも、逢望さんは変わりません!』
『はい、じゃあ、また後で』
そう言うと、逢望さんの方から電話を切った。一瞬だけいつもと違うラフな格好の逢望さんが見られることに期待してしまったが、今はそんなことよりも、僕らの命を最優先に考えなければいけない。
というか、こんな僕のタジタジな話にもかかわらず、僕らになんらかの危機が迫っていると感じたのかなんて分からないけれど、(自分で言うのもあれだが)わざわざ学校まで来てくれるなんて普通はしてくれないだろう。まだ恋人とかそういう深い関係ならまだしも、僕らはあまり接点のない関係なのに……。
――雲の上の人みたい。
ふと自然にそんな風に思ってしまう。
ちなみにもうひとり笛乃さんへの説得は流希がやってくれている。こっちは成功したけれど、あっちが成功しなければまだバッドエンドの可能性は十分にある。だから、まだ安心するのは早い。
『じゃあ、頼んだ。本当にごめん。あー、うん。お願い』
僕がスマホをポケットに閉まったときに、流希は地学室の端っこでスマホを強く握りながら、僕に背を向ける形で笛乃さんと思われる人と電話している最中だった。この言葉の内容から推測するにどうやら笛乃さんを呼ぶことに成功したんじゃないだろうか。
まだ僕らに希望はありそうだ。流希が電話を切る。
「僕はいけた。で、そっちはどうだ……?」
だいたい推測はできたけれど、一応念のため電話を終えた流希にそう聞く。さっきのはあくまでも僕の推測だから、まだ完全に呼び出しに成功したのかはわからない。
「……一応……できたぞ……」
「よし」
思わず、僕はガッツポーズする。少し大げさかもしれないが、今までで一番嬉しい瞬間かもしれない。これで僕の人生は……。
「ただ――」
少し低めのトーンで流希が逆説の接続詞だけを声に出す。
「……?」
まさか、呼べたが何か問題があるとかだろうか。例えば今日は無理だから明日になってしまうとか、大きな条件をつけた上で来てくれるとか……。
――少しだけ、嫌な予感がする。
何か黒い靄のようなものが。
カラスの泣く声が聞こえるような。
急に雨の降るような。
「ただ――今度なんか奢ってだって」
別に、いちいち言うほど、とか、逆説をつけてまで言うものではないじゃないか。僕はなんだよと思わず思ってしまう。そんな大げさに逆説を挟んだら、なんか問題でもあるのかと思うじゃないか。ただでさえ体力がどんどん失われていく状況にいるのに、余計な体力を使わせるのはやめてほしい。
「もう、お前は……」
ただ、ここで喧嘩したら逆に体力を使ってしまうし、それにこの自分たちで作り出してしまったこの状況を協力してぬけ出さなければいけない。だから僕は半笑い気味に言った。
「ごめんなー。でも、お前も半分払えよ」
「分かったよ。もし、生きてたらね」
「いやなこと言うなよ。まあ、お前は地獄に行って、俺だけ生き残ったとしたらお前の家からお金を盗み取るけどな」
「いやなやつだな」
そんなこと言うなんて本当に、流希はいやなやつだ。
いやな、やつだ――
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