第7話

「毒は手に入らないし、首吊ろうとしても準備段階でアイビーに見つかるし。飛び降りようとしても誰かが付いてるから阻まれるし。刃物だって部屋にはないし」

「いやいやいや、もう良いから!もう良いからー!!」


 淡々と語るカローラに恐怖を覚えてしまう。

 そんな壮絶な過去を軽く語らないで欲しい。


「なのでヒロインには確実に王太子ルートを進めて貰い、追放されれば私が後はいくらでもお世話しますので。……いっそ殺せれば良かったのですが」


 誰がとは言わないけれど、その相手は容易に想像がつく。

 そして私は生贄ですか、そうですか。それ提案したのアイビーっぽいよな!?でも断る!!


「しかしホームシックというか……母親を取られて、赤ちゃん返りでもしたの?」


 もう話は終わったと言わんばかりに、私の赤っ恥な黒歴史をカローラはつついてきた。

 あぁ……自分の現状を整理する為に私そんな事まで書いたっけ……もう恥ずかしくて涙目になる……なるけども!本当に辛かった!!


「あの二人を見てて……どう思う?」


 私の言葉に、カローラは一瞬キョトンという顔をしたかと思うと、直ぐアイビーに向き直って言った。


「紅茶、ストレートでもらえるかしら。濃い目で」


 言った後に、ミルクの入った紅茶のカップとお菓子を自分から離そうと私の方へ手で押してきた。甘い匂いすらも今は遠ざけたいのだろう。うん、本当に分かる。


「バカップル夫婦」

「リア充爆発しろ」


 あれだけ糖度が高い二人だ。正直、十歳で親が知らない相手と突発的に再婚して、あの二人を目の当たりにするのは本当に教育上よろしくないとしか思えない。カローラの話を聞いた後の今、何か大したことないかのように思えるけれど、十分よくない事ではあると思う!

 周囲を気遣うとか!空気読むとか!!ゲームのキャラ考えても貴族って自分勝手しか居ないのかな!?

 そんな事を言いながら、カローラの闇が浮き彫りになったお茶会は終わりを告げた。




 ◇




 あれから三ヶ月。カローラの助言があった為か教育にゆとりが持たれた。

 それでも焦っていた部分はあったが、変な筋肉痛が起こる事もなく、ゆとりがある為にしっかり休息が取れているからか、むしろ勉強が効率良く捗るようになり、むしろあの助言はナイス!と叫びたくなるほどだった。

 しかし、見事に邪魔をする気満々なカローラは本当にこっちに居るようで、ちょくちょく邸を訪ねてきていては、本日も遊びに来ているわけで……。


「経理の知識……ね、前世から持ち込めるのは知識だけだもんね……羨ましいわ」


 カローラは更に、せいぜいテニス馬鹿のオタクだったもの、と呟いて顔を俯かせた。

 運動神経良いのは羨ましい事なのだけど、鍛えても筋肉がつきにくいと言っていた事から、知識の方が財産になっているのが理解できた。

 私はと言えば、歴史やマナー等の勉強と並行して、前世の経理知識を元に経理や、後継として領地経営的なものまで学べないかと、本を読み込んでいたりする。

 一人で生活出来るように稼ぐ手段を!そして嫌だけど、後継であれば壊せるルートもあるのではないかと密かに狙っていたりする。

 王太子、公爵、あと宰相補佐は侯爵家長男だった筈!!


「なんなら筆記出来ないよう、指の骨を粉砕しますか」

「ひっ!?」

「そこまでは良いから!」


 容赦のないアイビーの言葉に、思わず短い悲鳴を上げたが、真っ青な顔をしたカローラが止めてくれると、カローラ様がそうおっしゃるのなら、とアイビーは引いた。

 他にもしばらく昏倒させる手段もございますので、と一言添えてきたが、カローラは本気で断っていた。

 それ本当にやったら容赦ないから!!てか本気の言葉だろうけどね!!そこまで勉強の邪魔をする気か!!王太子ルートに乗せたいのであれば確実に阻止するだろうね!!

 そりゃ確かにカローラが人形になるルートを回避するのであれば婚約破棄は必須だけれども!!私だってヒロインを放棄したいんだー!!

 心の中でそんな事を呟きながら、お茶請けとなっているクッキーを頬張る。

 いっそヤケ食いして太ればヒロインから強制的に下ろされないかな、と思うけれど、カローラに筋肉がついていない事から、私に脂肪がつきにくいのではないかと言うのは理解していた。

 本来なら喜ばしい事だけど、今は全くそう思えない。

 そんな事を考えている、いつものお茶会の最中、ノックの音が聞こえてきたので入室を促すと、真っ青な顔をした侍女が震えながら告げてきた。


「王太子殿下が……カローラ様に会いたいと…………お見えになってます」

「「は?」」


 見事にハモる私とカローラの声と…………アイビーの殺気が膨れ上がった。

 先触れもなく訪問なんて、貴族のマナーとしては有り得ない事だけれど、相手は王太子殿下。

 カローラに会いに来たと言っても、ここはルデウル男爵家だ。父は確実に面通しとなるだろう。そうなると後は私なんだけど……カローラだけ差し出せば良いかな、と横目でチラリとカローラの様子を伺ってみると、真っ青になって慌てふためいていた。


「な……なななな……なんで!?」


 確かにゲーム上では、二人がどういった関係だったのかは特に描かれていない。カローラの態度からするに、特に婚約者として何かしら関わっていたとは思えないのだが……この領地に居る事が王太子的には思う所があるのではないかと思える。ゲームの設定を考えると、あの王太子だしなぁ……。


「いっそヒロインと会わせてみますか?」

「そんな事したらイベントが!確実に王太子ルートへ行って欲しいのに!」

「嫌だ!会いたくない!一生関わりたくないよ!!」


 アイビーの発言にカローラが言い返すが、むしろそれに私も反論する。

 嫌だ嫌だ嫌だ!と、頭の中が否定の言葉でいっぱいになる私の前で、カローラはブツブツと何かを呟いていて、設定が……ヒロインは……と聞こえるのは、確実にそれ思い返してますよね!?そしてそこにアイビーが何か補足していたりする。

 やめて!それ二対一!!いじめだ!いじめ!!

 なんて、そんな事を真正面から言えるわけもなく、私も必死で記憶を手繰る。最近は正直、勉強を必死になっていて、まだ余裕があると思って、ノートを見返す事もしていなかったのだ。

 慌てながらも必死で設定を思い出していて、王太子殿下を待たせている事なんて、すっかり頭から抜けていたわけで……。


「失礼します。カローラ嬢。フェリクス王太子殿下がお待ちですよ」


 ノックの音に気がつき入室を促すと、父がカローラに対して死刑宣告とも言える言葉を放った。

 血の気が引きすぎて、青どころか真っ白になったカローラは、重い腰を上げ、重い足を引きずるかのように扉の方へ向かう途中で、父は私の方を見て、こうも言った。


「リズ、お前もお呼びだ」

「え」


 私の返事に父は溜息をついたが、こっちはそれどころでもない。

 一生会わずに済むなら会いたくなかったのに!!

 これは、場合によってはルートを進むか!それとも潰せるか!?カローラが潰せなかった設定とそうじゃないものも考えないと!!

 そんな事を考えながら、カローラの方へ視線を向けると、カローラも驚きの表情で口を開けたままこちらを見ていた……が、覚悟を決めたように頷いた後、悪魔のような笑顔をこちらに向けてきた。

 ……怖い。

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