第4話
「つ…………追放されたいっ!!」
三つ目のフィナンシェを口に入れた時、ふいにカローラが絞り出すように声を出した。
悪役令嬢はヒロインが、どのハッピーエンドルートでも大抵国外追放か修道院で、バッドエンドルートの場合はお人形のようになっていた気がする。ヒロインのバッドエンドルート……ははっ……つまりはカローラがあの王太子と結婚するわけだよね……と、思わず顔が引きつる。
「この容姿とか無理!ほんっと無理!喪女で腐女子高生でオタクで彼氏居た事もない地味な私が何でカローラ・ティダルをしなきゃいけないの!?ほんっと無理無理無理!!」
一気に語ったかと思ったら、頭を抱えて唸るカローラを目の前に、思わずポカンと口を開けて目を見開いてしまう。
え?女子高生?つまり年下?てか……喪女で腐女子の学生……と?
思わず口角がピクピクと痙攣する。
「え……え?」
「なのに記憶にある限りの初相手がアレとか!無理だって!!」
せめてマトモな恋愛したい!と机に突っ伏して泣くカローラを、アイビーが背中をさすって慰めている。若干の鋭い視線が一瞬こちらに向いたのは気のせいだと思いたい……。
確かに、いきなり初の彼氏というか婚約者で王太子殿下は嫌だろうな、なんて心底同情してしまう。するけれど、ルートの通り進もうなんて微塵も思わないけれど。
「いや……まぁ……あの……ご愁傷様?」
「バッドエンドなんて嫌よ!!絶対にヒロインとのハッピーエンドルートじゃないと!いくら飾りの悪役令嬢と言えども最悪すぎる!!」
まぁ展開は王道の乙女ゲームだ。カローラがヒロインを注意して、どのルートでも追放か修道院は免れないというルートが一番安全かもしれないが……それは私が誰かを攻略してカローラに虐められるという事なのだが……。
「すでにルートに乗せられる事が最大の虐めでしかない!」
「ルートに乗ってもらえなかったら地獄しかない!!」
泣叫ぶカローラだが、私だって泣き叫びたい!アイビーは自ら暖かい紅茶を入れて、そこにミルクを垂らしてカローラを慰めているのが羨ましいとさえ思える!
「「あんのクソゲー!!!」」
思わず叫んだ言葉は見事に重なった。
結局全て悪いのは、あの乙女ゲームのシナリオだ。キャラクター設定だ。
「どうしたんだ!?」
私達の叫び声を聞いて、ルデウル男爵が現れた時、肩を落としている私と泣き叫んで執事に慰められているカローラを見て、男爵が慌てふためいて私が多少おしかりを受けたのは言うまでもない……。
本当……カローラに感謝しすぎているんだなと思う、だって設定では溺愛している私を若干ないがしろにしてないか?せめて話を聞いて!
◇
貴族になって一ヶ月程。只今、絶賛引きこもり中なう。
見事にホームシックに近い状態なのか、涙が止まらず、鍵をかけて閉じこもる事もう三日目だ。未だにふとした瞬間、涙が流れる。
目の前で父と母はいちゃいちゃして二人の世界作ってるし、元々母はメイドだったせいか、顔見知りの人も居たみたいで、すでに場に馴染んでる!何この疎外感!半端ない!あの時、頷いた自分に馬鹿!なんて思いながら涙で濡れた枕を思いっきり叩くも、ポスポスと力ない音だけが響く。
毎日、朝と夜に心配した両親が扉の向こうから声をかけてくれるけれど、答える気にもなれない。
貴族の勉強にマナー。全身筋肉痛で何度動けなくなったかも分からない程だ。貴族生活って怖い!もう心身ともに疲労困憊!無理よ!無理無理!!
「しかも王都に引っ越しって何!?」
更には父が王都の邸で暮らそうとか言い出したのだ。冗談じゃない!むしろコレがキッカケとなって涙腺が崩壊した上に発狂したと言っても良い。
設定を覆すのであれば引っ越した方が良いのかもしれないけれど、むしろ攻略対象達と会うのが早くなった場合、それが良いのか悪いのかさえも判断がつかない。
そもそも男爵は前妻が儚くなってから王都が辛いから領地で療養という形でこっちに暮らしていたのだ。王都から馬車で十日も離れていれば都会の喧騒もなく、自然も多くて、のどかな土地とも言える。
そしてゲームでは娘を引き取るも、傷心だろうからと領地でのびのびと過ごさせようと言う心遣いから、学園へ入学するまでは領地で暮らしている筈なのに、今は母が生きている為か、お披露目だの良い暮らしをだの、私の教育の為にも良いとか言って王都へ行こうと言い出したのだ。
今でさえキツイのに!将来も不安しかないのに!これ以上生活を変えないで!!
「そうだ、こうしちゃいられない」
貴族令嬢はどうやら日記を毎日書いたりするらしい。そんなの私はやった事ないしこれからやるつもりもないけれど、ノートがあるのは助かる。
散々泣いて眠ったら落ち着いて来たのか、とりあえず今やる事と言えば、この機会に設定を書き出す事だ。平民にはなかなか手に入れられない紙という物を手に入れられただけでも今は良しとしよう。
日記にと貰った分厚いノートに、私は他にも思いついた限りゲームの内容や登場人物を記載していく……本来のルートと変わったルート、今の現状だけでなく、これから起こる設定も含め。
と、書いている途中で、ある事を思い出して手が止まった。
「そういえば……ゲームにアイビーって居たっけ……?」
確かに設定は穴だらけのクソゲーだったけれど……登場人物も定番だったけれど……と思いながら書き記していく。
ヒロイン、リズ・ルデウル。
悪役令嬢、カローラ・ティダル。
そして攻略対象は五人。
第一王太子殿下、フェリクス・モンタニエ。
騎士団団長補佐、ジルベール・パキエ。
宰相補佐、シャルル・ギルマン。
魔術師団団長、セドリック・グノー。
公爵、クロヴィス・アシャール。
特に隠しキャラと言うのも居なかったし、ポピーなんて勿論ゲームで登場なんてしていない。そしてカローラにあれだけ付き従っているなら専属執事という事でアイビーがゲーム内では記載されていない事に、頭の中は疑問符でいっぱいになる。
父や母もシルエット程度と言えども登場しているのだ、いくら適当な運営と言えども、せめて執事の存在を仄めかす事くらいしないのだろうか。……いや、それすらも省いた可能性はありそうだけれど……。
「いや、あれは省かないだろう」
鋭い視線に背筋が凍る殺気を考えると、むしろ攻略対象側なんじゃないかとさえ思えるけれど、カローラがわざわざそんな人物を自分の手元に置くなんて考えられない……が、カローラの目的はあくまで婚約破棄なわけで……。
「攻略本が欲しい……」
買ってまでやりこもうなんて一切思わず、とりあえず絵が良い!と思って買ってしまったからやっただけ、な私に詳細まで分かる筈もない。
吐き気と戦いつつ、攻略対象達の事もノートに書き記していると、ノックの音が聞こえたが、それすらも無視して書き進めていると、更にノックの音が大きくなったけれど、どうせ鍵を閉めているし声をかけられても居ないからと更に無視を決め込んでいると……
ドガァッ!!!!!!
「…………」
いきなりの破壊音が聞こえ、扉の方へ視線を向けると、見事に扉が外れて壊されて居た。しかも金具が外れているとか言う可愛いものではなく、分厚い木の扉な筈なのに取っ手部分に見事な攻撃を入れたのか、割れているというレベルだ。
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