第5話

「ヒィイイイイッ!?」


 漫画の中でしか見た事のないような、見事にドアを蹴破られたコチラとしては意味不明な叫び声をあげるしかない。しかも、明らかに上げていた足を下ろしたそのシルエットから、冷たい殺気のようなものが放たれていて、思わず姿勢を正してしまう。


「カローラお嬢様がお呼びです」


 テメェ如きが待たせてんじゃねぇという副音声が聞こえてきそうな冷たい声でそう告げたのは、紛れもなく先ほどまで考えていたカローラの執事であるアイビーだった。

 ……この人、執事以上に別の職業が向いてるんじゃないかな…………。






「リズ!?」


 有無を言わさないという雰囲気のアイビーに引きずられてサロンに連れ出されると、カローラは私の顔を見た瞬間に驚いて立ち上がった。


「なんってブッサイクな顔してるの!?折角の可愛い顔が!」

「どういう意味!?」


 いきなり面と向かって失礼な事を言われ、イラッとしたが、カローラの向けた手鏡に映る自分を見て納得した。服は皺まるけで髪はグチャグチャ、目は泣いていたせいか腫れぼったくなっていて肌もパサパサだ。

 確かにドアを蹴破られた後は問答無用でアイビーに連れ出されて、用意する時間もなかったとは言え……それでもこれをカバーできた自信はない。

 いくら前世でメイクを楽しんでいたとしても、アイプチもないこの世界で、ここまで腫れた瞼を元の二重に戻す方法なんて私は知らない。いや、アイプチがあってもここまで腫れてたら無理か……いつもの半分以下しか目がないよ……。

 ゲームの中ではいつも可愛らしい顔をしていたヒロインだけど、歪ませようと思ったらここまで歪むのかと、どこか他人事のようにしみじみと思った。


「というか、貴女もやらかしたわねぇ……」


 憐れんだような瞳をしてカローラがそんな事を言った。

 カローラは私の事を少しは気にしてくれていたらしく、様子を見にきたら絶賛引きこもり中だと聞いたから心配したらしく、そこへアイビーが様子を見に行くと言ってくれたので頼んだらしいが……人選がおかしい。と言うか間違っている。一番頼んではいけない人物なのではないだろうか。

 王太子押し付け合いが行われている、いわばライバルのような関係だけれど、気にしてくれていたという事で少し心がほっこりと喜んだところに見事ブリザードが降り注いだ。

 私の心情など微塵も理解できないのか、こてんと首を傾げる姿は、キツめの悪役令嬢なんかではなく、年相応の可愛らしい少女に見える。というか現時点で感情の籠らない瞳になっている私の方が悪役令嬢っぽいのではないだろうか。

 とりあえずお互い椅子に座ると、カローラから両親がどれだけ心配していたのか聞かされた。


「私としては唯一まともな王道カップル二人が心傷ませてるのが何とも……一体何でそこまで?」


 いくら現世では同じ歳とはいえ、まさか前世女子高生に諭されるとは少し肩身の狭い気持ちとなる。

 しかも理由が寂しさからの攻略本作りなんて、何か居た堪れない。ただの我儘でしかないと思える。まぁ今は十歳だけど!?

 そんな私の気持ちなんて関係ないと言わんばかりにアイビーがカローラに歩み寄ったかと思ったら、その手に持っている物を思わず凝視した。


「カローラ様、こちらを」

「ちょっと待てぇえええ!!!????」


 思わずアイビーに掴みかかろうとした私は、腕の長さからアイビーに頭を押さえられただけで先へ踏み込む事も、持ってる物を取り上げる事も出来なくなった。


「それは何?」


 そう言ってカローラは私の事は何の疑問にも持たないようにアイビーから、先ほどまで私が書いていたノートを受け取ってペラペラと捲り始めると、眉を顰めて険しい顔をした。


「あぁああああ!!」


 思わず羞恥心がこみ上げて叫ぶ。内容は確かにゲームの事だけれど、それを自分で書いたってのが何か恥ずかしい!直筆であんな内容を書いている事が何とも言えない!のだが、私の気持ちなんてお構いなしで、ノートを開いて、とある一点を指さしながら険しい顔のままカローラは口を開いた。


「これは……一体どういう事!?」

「は?」


 書かれているのは、ヒロインはゲームの中では学園へ入学するまでは領地で暮らしていたという事と、現在起こっている事として王都引っ越しの事を書いていたのだ。

 しかも自分の頭の中を整理する為に、王都で社交や勉強をメリットとして書き、デメリットに王太子殿下と会う可能性まで全て書き込んでいたのだ。それをしっかりカローラは今も読んで何やら考えているようだ。


「そうね……王都へ行くよりは領地に居た方が良いわね……まだしばらく引きこもってた方が良さそうね」

「いやいやいや、もうそれはしないよ」


 流石に、もう頭は冷えている、というか冷静さを戻している。

 しかしそんな私を不満そうにカローラが見ていたかと思うと、視線を外してアイビーを呼びぶと、それだけで彼は理解したのか、畏まりましたと言って退室して行った。

 呆気に取られた顔の私に、カローラは微笑みながら言った。


「いきなり生活が一気に変わるのも心細いからって、学園入学するまでは領地で滞在してもらうようアイビーに後押ししてきてもらったわ。あと、勉強もそんなに詰め込んでは精神的に不可がかかってしまうから気遣いましょう。私もしばらくこちらの別荘で過ごそうと思っていたから、遊び相手になってほしいもの」


 視線交わしただけでそこまで伝え合えるの!?二人共、本当に何者ですか!?ていうかこっちに別荘あるの!?過ごすの!?と、思わず驚愕で目も口も開いてしまう。……が、しかし待て。何か今、不穏な言葉を聞いたような気がする。

 何となく記憶持ち同士、親近感みたいなものはあるが、よく考えろ私!カローラは敵だ!私を陥れる存在なんだ!ヒロインとして確率させるために!と、自分を奮い立たせて、カローラが机の上に置いたままにしてあるノートを自分の方に引き寄せ読み返すと、顔から血の気が引くのが分かった。


「あら、今気がついたの?」


 のんびりとミルクを入れた紅茶を飲みながらカローラがそんな事を言うも、私は血の気が引いた顔のまま、ゆっくりとカローラの方へ視線を向けた。


「べ……勉強……しなきゃ!!」

「だってそこに走り書きしてあるじゃない。全身筋肉痛に疲労困憊で嫌だって」


 物凄く楽しそうな顔をしながらカローラがそう言う。そうだよ!一気に色々詰め込まれて凄く厳しかったよ!普通ならばカローラの気遣いは喜ばしいもので、むしろ嬉し涙を流して感激する位だと思う!それくらいだって分かってる!!けれど!!


「ヒロインの令嬢らしからぬ所に、全攻略対象者が興味持つんですけど!?」

「殿下だけで良いわよ?殿下だけは確実にね」


 確実に王太子ルートを勧めてくるカローラはさておき、この内容クソ乙女ゲームに関しては本当にテンプレで、ご都合主義すぎるのだ。平民上がりで甘やかされて、令嬢らしくなく平等で正義心溢れるテンプレヒロインに攻略対象達は歪んだ想いをぶつけてくるわけで……勉強は必須!令嬢らしくあるのも大事!!ついつい目の前の苦痛に逃げてしまったけれど、それは悪手だったと今更ながらに気が付く。前世合わせて全身筋肉痛で動けなくなるのは初めてで、本当に辛かったけど……貴族怖い。

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