第6話

 慌ててノートに勉強必須!令嬢らしく!と大きく書いている所にノックの音が響いたかと思うと、相手はアイビーだった。


「失礼いたします。勉学の件では、学園に入学してからもカローラ様が補佐をしてくれるとの事で程々にと後押しして付け加えましたので、ご安心下さい」

「よくやった!」

「よくないわ!」


 入室して第一声、綺麗な礼と共に見事に説得済みと取れる嫌な台詞を吐いたアイビーに、カローラと私は真逆の言葉を叫んだ。

 私がどうやって勉強時間を確保しようか、父を説得しようかと考え始めた時、カローラはミルクティを飲みながら自分の考察を述べ始めた。


「これで男爵がゴネて勉強をするよう確実に進めるようなら、シナリオを変更するのも容易いのかと思ったけれど……そうでもなさそうね」

「そうですね。結構あっさりと通りました。あと四年程ありますので念のため後押しさせていただきましたが……このままヒロインらしく成長して頂いて、見事王太子ルートに乗って頂く事を最優先しましょう」


 ん?

 今なんつった?

 恐る恐るカローラとアイビーの二人に視線を向けると、そこには相変わらず無表情なアイビーと、微笑むカローラが居たが……どことなく腹黒さが漂っている気がしてならない。

 というか……シナリオ変更……容易くないの!?


「ど……どういう事!?」


 もっとハッキリ説明して!と、机を叩いてカローラに詰め寄ると、アイビーの鋭い目線が突き刺さったが、そんな事気にしていられない!

 本当にどういう事!?

 頬に指を置いて、うーんと考えるカローラだったけれど、まぁ話しても大丈夫かなと私に視線を向けてくれた。

 まず前置きとして、生まれた時から記憶があるからと色々動いてカローラは試していたようだ。


「まず体型は本当に筋肉つかないし。婚約は決定しちゃったし。自害も出来ないし。あ、でもアイビーを拾う事は出来たわね」

「…………………………は?」


 カローラの簡単な言葉は、衝撃的すぎて、たっぷり間を置いてから出たのは、間の抜けた声だった。

 体型?いやそれはナイスバディでお願いしたいから筋肉つかなくて良かったと思うし。

 婚約決定……はご愁傷様?てか自害!?自害って何!?

 え!?アイビーって拾ったの!?やっぱりゲームで居なかったキャラ!?

 風穴が開くんじゃないかと思う程、じっとカローラから目を離す事なく静止している私に、カローラは苦笑しながら詳しく話してくれた。


 乙女ゲームでは詳しく語られる事がなかった王太子との婚約は、生まれた時から決まってた事らしい。そもそも王族が懐妊した場合、自分の子どもを婚約者や側近にしたい親達も子どもを作るわけで、王族の子どもと同世代辺りは一気に子どもの人数が跳ね上がるとか。ぶっちゃけ前世からも平民からも考えられないのだが、家門の事を考えればそれが当然なのかと理解は出来る。

 その為、政治バランスや家柄を考えた時にいくつか候補が挙げられた家の中で女児が生まれたのがティダル侯爵家のみだった為に、そのまま婚約が成立されたとの事だ。


「記憶を持っていたと言えども違和感程度だったし……」


 どこか遠い目をしながらカローラは語る。むしろ記憶が完全に戻ってる状態で赤ん坊をやらなくて良かったのではと思ったが、口には出さなかった。

 目も見えなければ手足も自由に動かないし、トイレだって……うん、考えるのはやめよう。

 自立出来るようになると共に記憶もどんどんハッキリしてきたらしい。いきなり蘇った私とは違って、確かに違和感だらけの生活を送る事にはなってただろうな、なんて曖昧な同情だけは心に思う。

 実際自分の身に起こった事ではないので、あくまで想像しか出来ないからだ。


「そして三歳の時にアイビーを拾ったの」

「ちょっと待て?」


 三歳が?拾った?そんな犬猫みたいに!?え?しかも三歳!?

 思わずガシャンと手元のカップを落としそうになった。


「……拾った?人が、人を?子どもが、子どもを?」


 あくまで大事な事なので二度、言葉を変えて言ってみた。

 え?人を拾う?それは前世の記憶があるから、こんな非常識みたいに思えるの?この世界では当たり前?いや、平民からしたら、自分の生活でいっぱいいっぱいなのに、誰か分からない子どもを拾うなんて防犯面でも金銭面でも厳しい……となると、貴族だから?貴族は当たり前?

 なんて事が頭の中でグルグルと駆け巡る。


「……推しに似てたから」


 カローラのその一言で思考が全部停止して、思わず眉間に皺を寄せながらカローラの方へ視線を向けた。

 うん、全く分からない。推しに似てるからって何なんだ。それで拾うって何だ。

 そしてアイビーがとても嬉しそうな顔をしているのは気のせい?カローラも頬を染めてるのだけど?どういう事!?


「だって!前世の推しに似てたの!茨のラビリンスじゃない他の漫画だけど!!銀の髪で美形とか!それで文武両道で家事全般出来て、クール系キャラだったらピッタリだし、行き倒れてるのなら育てても良いんじゃないかなって思って!!!」

「とても感謝しております。カローラ様。生涯お仕え致しますのでご安心下さい」


 呆気に取られて見続けられた為か、顔を真っ赤にしながら両手で覆って一気にまくし立てたカローラに、嬉しそうな顔で優しい声で語るアイビーにお前は誰だと言いたくなった。

 なるほど、つまり推しの事を言い続けて、その通り育ったのか?文武両道と言うかもう暗殺者レベルじゃないのかと思わずチベットスナギツネのような顔をしてしまう。


「なるほど?推しの通りに育ったアイビーはゲーム通りではない……と」

「推しへの愛で最初は隠しながら育てていたけれど……最終的には父を説得して専属執事に出来たわ」


 確かにアイビーという存在は居なかったという確信をもらったが……胸を張ってそんな事を言うカローラへ更に呆れの色を強くした。犬猫をこっそり拾った子どもか!と思わず言いたくなったが、感謝しているだろうアイビーから殺気を飛ばされたくもない為にあえて口にはしない。

 あれは心臓に悪い。寿命が一気に縮みそうだ。


「でも、どんどん戻る記憶をアイビーに聞いてもらって色々整理していたんだけれど……耐え切れなくなって五歳の時に自害という道を選ぼうとしたのよ」

「サラっと言う事じゃないよね」


 あまりの言葉に多少は冷静さを保ちながらも言葉を返すが、頭の中では五歳?五歳!?と繰り返し叫んでいた。

 五歳で自害を選ぼうとするって、どんなの!?どういう事!?

 失敗したけどね、なんてサラっと言うカローラの闇に、思わず息を飲み込んだ。




 子どもながらに婚約を解消や白紙にできないか、破棄でも良いと手を尽くしてはいたが、子どもが使える手段なんて対した事もなく、それなりに貴族として教育されていくにつれ、王命となる婚約が絶対に覆せない事を悟ると、ヒロインのルートが王太子以外だった場合を考えて未来が絶望しか見えなくなったとカローラは語った。

 確かに記憶があれば五歳という年齢でも、前世が高校生なら逃走手段の一つとして考えられてもおかしくはないかもしれない。

 邸から抜け出す手段もなければ、そうなるだろう。例え抜け出した所で子どもが一人で生きていける手段だって無いに等しい。最悪ホームレスのような生活だろうし、それでも稼ぐ手段もなければ、行き倒れるのは目に見えている。

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