第3話

 はぁああああああ!!!!????

 心の中では絶叫を放つも、口からは声が出ず、唇を動かす事も叶わなかった。息をするのがせいぜいだ。

 あまりの衝撃に頭は思考を拒否しているかのように、言葉通り真っ白になった、というのが的確な表現だなとさえ、どこか冷静な部分で判断してしまう。

 よし!と言わんばかりにガッツポーズをするカローラとは正反対に、私はどんどん血の気が引いていく思いだ。

 父であるギル・ルデウル男爵は、ゲームの中ではそりゃ~ヒロインを溺愛していた。それほどまでに母であるロッテを愛していたのだろうな、身分って悲しいな、なんて思う程に凄まじく。

 現在、妻を亡くし、子どもも居ないルデウル男爵が母の存在を知ったならば……当時のように力のない男爵令息ではなく、男爵として家督を継いだのであれば……。


 ——考えられる事は一つだけ——。


「なんて事を!?」


 ようやく絞り出せた言葉はそれだった。


「だってリズには学園に入ってイベントをこなして貰わないと行けないもの!王太子殿下の!」

「自力で逃げろや現代日本人!!!」

「科学の力がなくても、人海戦術による軟禁から抜け出すのは無理よ。あれだけ発達してた世界の方が自由って恐ろしいわ」


 あくまでカローラは王太子殿下との婚約破棄を狙っているのがよく分かる。その為に私をヒロインルートに陥れようとしてるのも分かる。分かるけど……。


「……貴族ってそんな怖いの?」

「コルセットはキツイし、ドレスは重いし……この世界では色々と鍛えないと筋肉痛必須よ?」


 ありがたいお言葉を貰うも、そんな世界に浸かりたくないという思いだけが膨れ上がる。

 というか、もうルデウル男爵に伝えられたという事は……溺愛するあの男ならば行動が素早いに決まってる。

 貴族であるカローラへの礼も忘れ、声にならない悲鳴を上げながら、私は家に向かって全速力で駆け出した。






「リズ!!!」


 時既に遅し、とはまさにこの事だ。

 帰ってみたら、家の中はほぼ整理されていて、豪華な馬車と御者、そして従者と……心配そうな、そして混乱したかのように私へと駆け寄る母と……。


 ——満面の微笑みを向ける男性が居た——


 茨のラビリンスでは、ヒロインの両親なんてシルエットでしか表現されていない。されていないけれども……目の前に居る、いかにも貴族と言った身なりと佇まいをする男性は、リズの父親であるルデウル男爵だとすぐに理解した。

 ピンクの髪に金の瞳と、私の色合いは母と同じだけれど、目元や口元と言ったパーツは目の前の男性と全く同じだったからだ。

 思考回路が停止し、逃げたくもなるけれど、母を置いていくわけには……いやでもしかし、と視界が歪む。


「リズ!?」


 転生、そして悪役令嬢……からの、父。

 情報量的にも脳内オーバーした私は、そのまま母の腕へ倒れ込んだ。

 歪んだ攻略対象達の中、唯一乙女ゲームらしさを醸し出した王道恋愛は、この二人だけなのだから……。




 ◇




「あら顔色の悪い」

「どの口が言うんですか?」


 目の前に居る悪役令嬢カローラは、紅茶を飲みながら楽しそうに私を眺めているので、つい睨んでしまう。その後、微妙に背筋が凍るような気配がカローラの後ろに居る執事から放たれた気がするけど……。


「あぁああ……」


 思わず唸る。

 カローラに出会ったあの日、父が迎えに来ただろう場面を目の当たりにして気を失い、目覚めたら男爵の邸だった。豪華な天蓋付きベッドでパリっとしたシーツの中で目覚めた私は真っ青になった。周囲を見渡すと現世でも前世でも実際目にした事のない豪華な装飾で囲まれていたのだ。

 今まで着た事のない上等な生地で作られたドレスを着て、見た事もない料理が目の前に並べられ食事をしながら、恥ずかしそうだけれど、どこか嬉しそうな母と共に父の話を聞いた。

 結局、それは茨のラビリンスと同じ設定で、どれだけ母を愛しているのか、だけれど自分では守りきれなかった事とか、聞いてる母が真っ赤になっているのに父は照れる事なく言い切っていた。

 これからは家族三人で暮らそうという話に母は恐縮していたけれど、父は理由が身分のせいならば聞かないと言い切った。私としては市井の生活が良いと訴えたが、父に離れたくない、貴族の生活に慣れてくれと懇願され頷く他なくなった。使用人らしき人達も涙目になりながら嬉しそうに頷いているんだもん。おめでとうとか、長年の探し人が見つかって良かったとか。


 ……そして、男爵は娘の存在を教えてくれたカローラ嬢に感謝していると……。


 訪ねてきたカローラを簡単に招き入れて私と会わせるのだから。


「そんな落ち込まないで!王太子とのイベントはきっちりきっかりお手伝いしますわ!勿論悪役令嬢も努めさせて頂きます!」

「人権侵害的な生贄は良くない!だいたい、いつから記憶が!?私は先日、湖へ行く前に戻ったとこなのに!」

「あら、ギリギリだったのね、私は生まれつきよ!しっかり身体も鍛えてるからご安心下さい!」

「不安しかないわ!!!」


 男爵と侯爵の違いだろうか、私より格段に良いドレスとアクセサリーを身につけているカローラは、装いに合わずガッツポーズなんて披露しながら、そんな台詞を吐いている。

 こっちはこっちで、敬語だのマナーだの前世で齧った事くらいの理解力しかない。というかお互い言葉が崩れがちで馴れ馴れしい感じがするのも、ゲームの登場人物相手……というか、故郷が同じという点で、どこかしら緩んでいる部分があるのかもしれない……。

 ていうか……。


「何で身体鍛えてるの?」

「何があっても良いように備えてるの」

「……折角、十四歳の時にはナイスバティーになるってのに!?変に筋肉ついたら台無しよ!?ふざけるな!?胸よこせ!!」

「あー……ヒロインは見事に貧乳ですものねぇ……」


 貧乳どころかお尻もないわ!ボンキュッボンなんて夢のまた夢!!これからしっかり食べれば……と未来に希望を見出したいけれども、ゲームの完成形を知ってる私はむしろ未来に絶望を抱くわ!


「これでも前世ではリア充しまくってたし胸もあったのにー!!」


 思わず言ったところで無意味な事を叫び、目の前にあったフィナンシェにかぶりつく。あ、これ美味しい。平民時代にお菓子なんて食べられなかったしなぁ、なんて思いながら味わっていると、カローラが私から目を逸らしている。


「……」

「……」


 お互い無言になりながらも、カローラと目を合わせようと身体を前のめりにさせるも、私の視線から逃げるように、更にカローラも身体を背後の方へ動かす。もしや、と思いながら口元が緩む。意地悪だと思いながらも仕返ししたい心が膨れ上がるのは止まらない。


「……私、前世はOLしてて、オシャレを楽しんで彼氏とデートしてってリア充全開の二十四歳だったんだけど……カローラは?」


 私の言葉にカローラの身体がビクンと跳ねる。聞かれたくない事だったか~聞かれたくなかったか~なんて心の中では悪戯心が膨れ上がる。

 先を促すように紅茶を飲みながら笑顔で、どうしたのー?今より前世の紹介しようよーと問いかけてみる。

 まぁ……お互いの現世に関してはゲームの中や攻略サイト等を見れば、ある程度は把握出来る情報だしね、と釘を刺すように言いながら。

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