第2話
「リズー!良い果物はいったよー!」
母が幸せなら二人くっつけば良いけれど、引き取られたくないし……と思っていたら、幼馴染のポピーから声をかけられた。
ふわふわした赤茶の髪で茶色の瞳、地味な顔立ちだけれど、とても優しい一つ年上の少年。目利きが良い為か、いつも甘くて香りが良い果物が並ぶ果物屋の息子で、私はここの果物が大好きだ。もうここの果物があればそれで良い!
そこまで思って、ふと考えついた。
「ポピー……」
「何?今日は要らない?」
店先に並べられた果物の中でも、おすすめだろう物をいくつか手に取って見せてくるポピーの目をしっかり見つめて私は言った。
「私と結婚して!」
「……え……はぁっ!?」
一瞬惚けて、果物を落としかけたポピーは、正気に戻ったかと思うと驚きを隠せないように目を見開いて顔を真っ赤に染めた。
「結婚して欲しい。今すぐ」
「えっ!?えぇ!?」
母が男爵と出会ったとしても、平民同士で結婚していたら、ゲーム舞台である学園へ通うというフラグを全力で叩き潰せると思い、速攻結婚を申し込んだのだけれど、慌てふためくだけでポピーから返事が貰えない。
私的に全く知らない人より幼馴染で仲が良くて、美味しい果物を見分けられるポピーなんてこの上ない優良物件だ。王子って言っても、あんなマニアック物件は要りません。
ふと前世を思い出して、ポピーの手を取って、上目使いで目をウルウルさせてダメ?と小さく言ってみる。その瞬間、ポピーが呼吸困難になったかのように息遣いが荒くなったが、もうひと押しで言質取る!と意気込んだ私は更に畳み掛ける。
「私じゃダメ?」
「ちょぉおおおおおっっっと待ったぁあああああああああ!!!!!!!!!!」
私の声に被せるように怒鳴り声が響き近づいてきた……かと思ったら、背後から服の襟を掴まれ、そのまま引きずられるように連れ去られた。
「ちょっ!?」
「えっ……えっ!?」
思わず一言漏らすも、首を絞められるような状態に息苦しさからそれ以上、言葉を紡げない私と、呆気に取られてから現状把握まで少し時間がかかったポピーは、茫然としながら私を見送った。いや助けろよ!?ほんと助けろ下さい!!と心の中で叫ぶも、誰の耳にもそんな事は届かなかった……。
「何を考えているの!?」
村の外れ、人通りのない森に近い所まで来て、いきなり手を離された私は思いっきり尻餅をついた。
思わず文句の一つでも言おうと、目の前に立っている声の主を見上げると、ポカンと口を開けて目を見開いたのが自分でも分かる程に驚いた。
「あ…………あぁああ……貴女は…………」
「どうして未だこんな所に!?ルデウル男爵はどうしたのよ!しかも結婚って!!貴女、リズでしょう!?」
二次元と三次元の違いはあっても、分かる。金糸のような美しいストレート髪に、引き込まれるような、つり目がちな赤い瞳。十歳の少女なのに、すでに胸には小さな膨らみが分かり、腰も細く、四年後には年齢の割に素晴らしいナイスバディが出来上がっている事を私は知っている。
だって、この人は。
「カローラ・ティダル悪役令嬢!?」
「え?」
私の言葉にカローラが驚き目を見開いたのに私は気がつかず、思考回路を必死に回転させた。
王太子殿下の婚約者で、悪役令嬢なのに悪役っぽくない令嬢が、そこに居た。
そもそも茨のラビリンスは、マニアックさだけ重点に置いているようなゲームで、ヒロインが攻略対象を攻略するのに伏線もなければ起承転結のようなものもなく、悪役令嬢と言っても比較的常識的なマトモ人物で、ヒロインが攻略対象を攻略出来なかった場合にとても美しい令嬢がお人形のように側に佇んでいるという謎エンドが繰り広げられるだけだ。
というかヒロインが攻略対象を攻略しても、とりあえずお決まりだよね?な感じで追放が修道院というオチが待ってるだけの悲しきキャラで……。
「……リズ・ルデウル?」
「いや、ルデウルになるつもりはないです」
思わずゲームの内容を必死に手繰り寄せていた時に声をかけられ、そんな事を返してしまった。
カローラが息を飲んで、私を眺めている事に気がつき、背筋に汗が流れる。やばい、何かヤバイ気がする?
「貴女……茨のラビリンスってご存知かしら?」
美人に睨まれると威圧感ってあるんですね、初めて知りました。現世も前世でも、そんな経験ないわ!てか前世の場合、そこまで美人な知り合いは居なかった!!何だろ?私の周囲は皆、可愛い系の盛りメイク目指すよね!じゃなくて!
「……ご存知ね?」
私がなかなか返事をしない事に確信を得たのか、カローラは怪しい笑みを浮かべた。思わずブンブンと首を左右に振るけれど、そんな事は無駄とばかりに笑みを深くした。
「良かった~!これで王太子殿下を引き取ってもらえるわ!分かってるでしょ?平民同士で結婚する前に防げて良かった~!」
「……は?」
カローラの言葉に思わずポカンと口を開ける。いやいやいや、この人今なんて言った?
「ご冗談を!婚約者が何を仰るやら!?」
「あの変態を引き取ってもらわないと私が逃げられないじゃないの!」
「私も要らないわ!!」
見事に王太子殿下の押し付け合いが始まった。
つまり会話から分かる事と言えば、私はヒロインとして生きる気がない。そして悪役令嬢は婚約から逃げられないからヒロインに王太子殿下を奪っていただきたいと、うん、よくわかった。だが全力で断る!!!
「なんの為にルデウル男爵を監視してたと!?平民を引き取らないから、この一週間必死に探したわ!」
「いやいやいや、探さないで!全力で拒否する!!!あんな変態はいらない!」
「私は婚約を断れないのよ!?」
「そんなの知らない!!」
ただただ平行線を辿る会話だが、余程私を探していただろう事は分かる。しっかり私が引き取られるかどうかを確認していたんだろうなぁ、なんて思っていたら、男の人の声が聞こえた。
「カローラお嬢様、手筈通りに」
と、とても嫌な予感がするセリフで。
執事らしい服に身を包んだ銀髪に緑の目をした青年らしき人物は、冷たい雰囲気を醸し出しながら、無表情にこちらを見ている。
「アイビー!ありがとう!」
悪役令嬢であるカローラが笑顔でそう言うと、アイビーと呼ばれた執事の口角が少しだけ上がった気がした。というか……手筈通りに……?
穴が開く程にカローラへ視線を集中させる。その一挙一頭見逃さないように、そしてその先の説明を促すように。聞いちゃいけないと思いながらも、聞かなければという本能的な警告も強い。心臓がバクバクと音を立てて動いているのが分かる。
そんな私の視線に気がついたのか、カローラは花開くような美しい微笑みを私に向け、最悪な一言を突きつけた。
「ルデウル男爵に最愛の人が住んでる場所を教えたの」
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