【完結】こんな転生は嫌なので舞台から逃げようと思いますが、逃してもらえません!

かずき りり

第1話

「は……はぁあああああ!!!!????」

「リズ?もう大丈夫なの?」


 鏡を覗き込みながら素っ頓狂な叫びを上げる私に、母が戸惑い、心配そうに声をかけてくるが、私は今それどころじゃない。

 高熱に魘されながら見ていた夢……いや、あれは本当に夢なのだろうか。夢にしてはあまりにも現実味があるし、そもそも全てと言って良い程、私の知らない物が溢れた世界だった。

 ペタペタと自分の顔を手で触れ、髪にも触れ、胸を見る。

 現在十歳な私は、夢の通りならば、この胸が成長しないという事を知っている。

 そして、本来とても美しく描かれていた描写なのに、三次元ともなると、ここまで落ちぶれるのかという受け止め難い現実もある。


「いやぁあああああ!!!!あんのクソ絵師!!!!」

「リ…………リズ!?」


 あまりのショックに絶叫……というより発狂して、意識を失う。

 耐えられない……これが本当なら耐えられない……。でも何故か私は確信してしまっている。ここがその世界だと。






 ——茨のラビリンス——


 素晴らしき神絵師が手掛ける事で、発売前から注目の的だった乙女ゲームの名前だ。絵師様目的の購入者が後を経たず、事前予約で既に売り切れてしまった程なのだが、発売されてからは一転、別の意味で注目の的となった。

 神絵師様のおかげで素晴らしいスチルの数々は見事で、その美しさは言い表せられない程に皆を虜にさせたが……問題はストーリー……というか、攻略対象者にあった。

 美しい恋物語かと思わせる見事なイラスト……だったのだが、攻略対象の愛が狂気すぎるのだ。


 それ歪んだ18禁ですよね!?

 どちらかと言うとSMですよね!?

 そんな中で一番マトモと言われるのは王太子ルートで、ノーマルな人はこのルート以外難しい程だった。これはマニアック層にしか需要はない。いや本当に。

 もうスチルは健全で素晴らしいのに、その絵とセリフ合ってませんよね!?と毎回突っ込みを入れたくなるほどで、文章なんて読まず、スチルのみを楽しむゲームに成り下がった程だ。文章を読んではいけない、吐く。

 そんな目を覆いたくなるような内容に、日々運営叩きと絵師様崇めが行われていた中に勿論私も居た。


 悪い意味で伝説的となった乙女ゲーム。

 変なエロゲーの方がよっぽどマトモだと言いたくなる内容は正直ヒロインも悪役令嬢も意味を成していないようなもので……。

 ただただ攻略対象の狂気に歪んだ愛だけが描かれている……いくらマニアックな人とは言え、現実ではまっぴらゴメンだと言う、そんなゲームの中に。


 生贄としか思えないヒロインとして、転生していたなんて…………。







 三日三晩うなされた……というか、現実逃避を続けていた私に、母は湖へピクニックに行こうと提案してくれた。

 確かに、家の事も手伝わず、唸っては壁に頭を打ち付ける娘を心配しない母は居ないだろうな……というかこれが前世ならば病院と言う所に問答無用で連れて行かれただろう。

 転生なのか、ゲームに引きずりこまれたのか、凄く頭を悩ましては何度も何度も頭を壁に打ち付けては、痛みがある事に絶望していた。これが現実なのか、と。

 もうここまで来てしまえば、うだうだ悩む位なら現実だと受け入れて、いっそ回避する為に動こうとさえ思える。私はヒロインとしての仕事を一切放棄する!誰のルートにも乗りたくない!!


「お母さん!湖に行くのも久しぶりね!何か手伝おうか?」

「大丈夫よ、もう少しでサンドイッチ作り終わるからね」

「やったぁ」


 前世の母に現世の母。違いはあれど母は母なのだな、と思いながらも帽子を被って準備をする、うん。可愛いと言えば可愛い方かもしれない。あの絵に比べると月とすっぽんだけど……それでも、この可愛さを得られた事だけは感謝したい。ゲームの中とかヒロインの立ち位置とか攻略対象とか不満の方が多いけれど。そして何より胸は成長しない事に憤りを感じるけれど……今からでも揉めば増えるかな~なんて考えながらその場でくるくる回って、自分の格好を確認した時に、ふとどこかで見た事があるなと気が付く。

 そもそもヒロインは——。


「リズ?用意出来たわよ~」

「行かない!!」


 思い出した事柄に、一気に血の気が引く。日々の日常を楽しんでいる場合じゃない、ありとあらゆるストーリーを思い出さなくてはいけない現実を理解した。


「どうしたの?いきなり……」

「熱が!頭が痛い!!激しい動悸と息切れが!あと腹痛も!!!嫌だ嫌だ!!湖なんて行けない!!!!」


 必死になって母親にしがみついて訴えていると、母も怪訝な顔をしながら私の顔を覗き込んだ後、大きく目を見開いた。

 ポタポタと大粒の涙が自分の顔を伝っているのが分かる。


「病み上がりで無理しちゃダメだからね」


 そう言って優しく頭を撫でてくれた母は、せめて花でも摘んできて飾りましょうと言ってくれた。

 現世での優しい母に感謝の念を抱きつつ、フラグを折れたのだろうかと心配になる。


 ——だって、お母さんは死ぬ——


 その事に胸を痛めながら、決意する。思い出せる限り思い出して、全力でフラグを叩き折ると!決意したところで頭を抱え蹲り、必死で思い出そうとあーあー唸っていた所に母が帰宅し、そんな私を見て慌て出すのは数分後の事だった。




 ◇




 茨のラビリンス。

 始まりは主人公が母と湖へピクニックに出かける所からだ。

 そこで獣に襲われ、主人公を庇って母は命を落とし、主人公にまで獣の牙と爪が襲いかかる……という時に、馬で遠出してきた男爵に助けられるのだ。

 そして男爵は愛した女性の亡骸を見て、主人公を引き取る。そう、主人公は母と男爵との子どもなのだ。


「とりあえず男爵とは会わないようにしないと……」


 ここ一週間程、ぶつぶつと呟きながらゲームの内容を思い出しては徹底的に頭へ叩き込もうとする。この世界、紙が高価で私のような平民が簡単に手に入れられる物ではないのだ。いっそ木の板を削りたいとさえ思うけれど、そうなると隠せない。だからこそ思い出して何度も呟いてしっかり記憶する。


「リズ?お買い物頼んでも良い~?」

「はーい!」


 母から声をかけられ、良い子のように返事をする。というか、十歳ともなれば家の事をしつつ雑用程度なら周囲へ働きに出ているようなものだ。家の為に働く……そう考えると前世では学校行って勉強するフリして全力で遊ぶ……なんて贅沢だったのだろうか。思わず母を見つめ……。


「お母さんって綺麗だよね」

「な……何言ってるの!?」

「いってきまーす!」


 母をマジマジと見ると、本当に綺麗だったし、狼狽えて顔を赤くする姿は少し幼く見えて可愛かった。神絵師のスチルではシルエットだけだったのが残念な程だ。

 お金とカゴを受け取って家を出てからも考える。当時男爵家のメイドだった母と、当時男爵令息でなかった父は身分違いの恋に落ちたが、父の父である男爵が許さず、母は追い出される。……身ごもっている事も知らず。

 母は一人で産み育てる覚悟をして、男爵には伝えず現在に至る……そして父は確か……男爵を継ぎ、結婚したものの子どもも居なくて、奥さんは儚くなっている。だからこそ、助けた時に愛する人の忘れ形見として主人公を引き取るわけなんだけど……。

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