第35話

「……量産は諦めよう」


 確実に仕分けするものは貴族向けにする事にすると私が言うと、周囲はうんうんと頷いた。

 ポピー居てこその事業だが、そうなると手がまわらなくなるのは分かる。完全予約制とかにして月一回販売するか……平民向けに金額を抑えて数を作るのは意外と難しいなぁなんて思ってしまう。

 というか、果物はドライフルーツにするだけで、ある程度甘みは出るし、むしろ甘いチョコでコーティングしてしまうのも手じゃないだろうか?

 苦味があるチョコというのを、わざわざ買うとしても嗜好品程度に甘い物があまり好きではない貴族男性だったりするし……。

 なんて頭の中で色々計算していく。そんな私の様子をポピーが真剣な眼差しで眺めている事には全く気がつかず。




 ◇




 変わらない学園生活……ではなく、カローラとアイビーの距離が思いっきり近くなった上に、セドリックやシャルルと楽しんでいるという、ゲーム設定ではありえない日々を過ごしていたが、休日また街へ繰り出してポピーとデートでもしようと思っていた矢先、父が王都へ会いに来るという手紙を貰った。




「……お久しぶりです?お父様?」

「……何故疑問形なんだ……」


 借りているタウンハウスに父がやってきて、一応出迎えたのだが、会って居ないと何か違和感があるのは仕方ないと思う。子どもが巣立つって、きっとこういう事。なんて自分に都合良い事を思いながら、サロンへ案内する。

 父と従者だけがやってきて、母は居ないのが気にはなる。母の側から離れない父が、何故母を置いてきたんだろう?何かモヤモヤする……。

 そんな事を考えながらサロンに到着すると、席に座り、お茶の準備を頼む。


「……そういえばポピーの目利きで貴族向け商品を開発したそうだな」

「えぇ。量産出来ないので予約販売にしようと、後はシャルルが色々と整えてくれています」


 貴族向けの形などはカローラと考案し、簡単なチョコの飾りも面白いと、シャルルが色々と裏からまた手を回しているのだ。

 父には一応報告書的な形で送っていたのだが、何故か溜息をついて頭を押さえながら一息ついた後に言葉を紡いだ。


「お前に見合いの話が沢山来ている」


 父がそう言うと、父の従者が沢山の釣書だろう物をテーブルの上に置いた。


「嫌です!!」


 見る事すら拒否するという姿勢で私は父を睨みつけて言ったが、父も引かない。


「ポピー、ポピーと。貴族令嬢であれば政略結婚は当たり前だ。そもそもお前は半分平民だからこそ、お前の為を思って後ろ盾を作った方が良いと言っているんだ。分かってくれ」


 そんな事を言われても、それは私のせいではない。

 知らない、聞かないという意思を伝えるように、私は父から視線を背けてそっぽむいた。


「リズの事業が成功しているとして、婿に行っても良いという次男以降の者から、こんなに来ているんだ」

「人の事業を目的にされても。そんなの私を欲して居ないと同じじゃない」

「それが貴族だ」

「私はポピーが好きなんです!!」


 イラッとして怒鳴り返せば、父は両手で頭を抑えて俯いた。父の従者は分かってたと言わんばかりに涼しい顔をして変わらず立っていたが、ポピーもかなり驚いた顔をしていた。……ポピー、何で……。


「そうなれば貴族の血が薄くなってしまう事は理解しているだろう?リズ」


 縋るような目で父が見つめてきたが、私はとてもイラついた。


「自分だって出来なかったくせに!!!」


 更に私は、続けて叫んだ。


「お父さんは確かに政略結婚したけど、結局うまくいかなくて、最終的に今はお母さんと一緒にいるじゃない!大体、お父さんがメイドだったお母さんを好きになったからこんな事になったんでしょ!?自分の後始末を娘に押し付けないでよ!!」


 父の顔が悲しみなのか悔しさなのか、どんどん歪んでいくけれど、私の口は止まらない。


「結局自分は恋愛結婚で今幸せなんじゃないの!?政略結婚の時はどうだったの!?お母さんの事を忘れて幸せに暮らしてたの!?」


 辛そうに顔を歪める父に、私は答えを知ってて言っている。

 あの変態鬼畜ゲームの中で唯一王道恋愛を行った二人で、父は本当に本当に母を愛していて、一時も忘れた事はないのだ。貴族である自分に嫌気をさすほどに。


「リズの為を思って……これから貴族として生きるのならば……ポピーは従者としてずっと側に置けば……」

「お父さんはお母さんがメイドとして側に居ても奥さんを大事に出来た?」


 父の言葉を遮って言った私の言葉に、父は止まった。

 出来るわけがない。

 そう父の顔が物語っていた。私だって出来ない。好きな……愛する人が側に居て、どうして政略結婚の相手を大事に出来るだろう。

 胸が高鳴るのも、視線で追うのも好きな相手で、きっと目の前の相手がどうして違う人なんだという苦痛で毎日暮らす事になるだろう。


「ならば……ポピーを……」

「ポピーが居てこそ出来る事業を宰相補佐様が手続きしてくれているのに?」


 そんな決断はさせない。

 まさかここで、この手を出せるとは思わなかったけれど、本当にシャルル様々だ。まさかこうなる事を読んでいたわけじゃないよね?

 父も返す言葉がなくなったようで、難しい顔をしてこちらを見ている。

 正直、男爵家がどうなろうと実感なんてない。前世では一般人だ。家を継続させるなんて考えは古くなっていて、一人っ子が多くなっているし、お墓問題とかもあったなーなんて思ってしまう。今世でだって、平民として生きていた感覚の方が強い。人間、それなりに適応力があったとしても、幼い頃に植えつけられた感覚というのがやはり一番強く出るのではないだろうか。クセがなかなか直せないように。


「ポピーが居てこその事業だから。政略結婚なんてしない。旦那なんて要らない」


 平民に戻りたい。その言葉だけは飲み込んで父を見ると、父は絶望に染まったかのような表情になっていた。

 そうだよね、一度は家の為にと政略結婚したんだもんね。家の事を考えないといけないよね。

 そう思うけれど、どうしても私は知らない誰かと政略的に結婚するという事を受け入れる事は出来ない。


 領地までの道のりは長い。父は勿論今夜一晩泊まる事になる。

 サロンから父が退室したのを見計らって、ポピーが口を開いた。


「誰か婚約者を作れば、ゲームのルートから逃れられたのでは……?」

「…………」


 その言葉に私は何も返す事が出来なかった。確かに別の婚約者を作ればゲームのルートから外れる事は出来るだろう。しかし何だかんだと最高権力者である。そんな保険は要らないし、保険としてかけたつもりが、その人と結婚する事になるなんて御免こうむる。というか……


「ポピーは……それで良いと思ってるの……?」

「……」

「私、ポピーが好きなんだよ……?」


 何が悲しくて、好きな人に別の人と結婚する事を勧められないといけないんだろう。

 どうして、一緒に居て安らぐ人が居るのに、会ったこともない知らない人と婚約を結ばないといけないのだろう。

 それがこの世界の普通とは言っても私は受け入れられない。それが異常だと罵られようと、譲れない。むしろ他の人はどうしてそれを受け入れる事が出来るのだろうかとさえ思えてしまうのは、やはり教育の違いもあるのだろうか。

“普通”と思われる事を教育によって植え付けられるのか。

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