第34話
瞬間、周囲の男達がバタバタと倒れていく。
微かに視界へと入り込む刃の光と赤い雫。聞こえる打撃音。かろうじて捉える事が出来る素早い無駄のない動きを、私はよく知っている。
「アイビー!!」
「カローラ様……」
あっと言う間に、立っているのは私とジルベール……そして、探し恋焦がれていたアイビーだけとなった。
そう、何人も居た破落戸共を瞬間的に無力化させたのは言うまでもなくアイビーだった。私が私の推しとして理想を語っただけで……アイビーは人として何か欠落したのではないかと思わせる程、人知を超える動きを身につけた。
……それは私の胸を更に高鳴らせ、更なる推しへと成長を促しただけだったのだけど。
「な……にをやってるんだ!!!!」
専属執事として、その立場をわきまえ人前では絶対にその姿を崩さなかったアイビーが、珍しく顔を歪め私に対して態度も言葉遣いも取り繕う事なく怒鳴りつけ歩み寄ってきた。
怒りを隠す事をしないアイビーに対して、怯む事なくカローラは、ただただ会えた喜びを隠す事なく歓喜の涙を浮かべて、ジルベールの前である事も貴族令嬢である事も忘れ、アイビーに抱きついた。
「やだ……やだぁ……離れないで!いなくならないで!!」
「カローラ……」
敬称までも付けるのを忘れて、驚きを隠せないアイビーも、すがりついて泣くカローラに対し、静かに手を背中に回した。
ゆっくり、優しく。その存在を確かに確認するかのように。
お互いの心音が、呼吸の音が聞こえる距離に、心が落ち着いていくのが分かる。長いように感じられる時間だけど、それ程の時間は経っていないだろう。そんな中、ジルベールの呟く声が聞こえた。
「……すげぇ……」
その声に我に帰ったカローラは慌ててアイビーから距離を取るが、アイビーは静かに殺気という名の冷気を纏いジルベールを睨みつけた……が。
「すげぇ!アイビーだっけか!?どうやった!?手合わせしようぜ!!」
ジルベールはあくまでジルベールなのだろうか。目の前で起こった鮮やかな戦闘に対して興奮冷めやまぬ様子でアイビーに詰め寄るが、アイビーはそれを冷ややかな眼差しだけで返す。
何と言ってもアイビーにとってジルベールは攻略対象者……カローラにとってあまり関係ないとは言え、王太子の護衛であり、断罪の場に居たというだけで胸糞悪い存在である事には変わりないのだ。
「カローラ嬢の側に居るとなると、流石なんだな!二人で未来の王太子夫婦を守ろうぜ!!」
ジルベールのその言葉に二人の空気が凍りついたのをジルベールは気がつかない。
アイビーは鋭い殺気のみでジルベールの気を失わせると、カローラを連れて無言で侯爵邸へ帰還した。
「……お側から離れるのは色んな意味で本当に危険ですね」
という言葉を呟きながら。
◇
学園に行くと、カローラの側にはアイビーが居て、カローラが無事な事もアイビーが戻ってきたことも安心した。
理由を聞きたいとシャルルやセドリックが昼休みに高位貴族用のサロンを一つ貸切にしてくれて集まったわけだが、朝から輝くような眼差しでアイビーを見ているジルベールが気になっていた。
「だから……あれなの……」
「何やってるんですか……」
理由を聞いたセドリックとシャルルは頭を抱えて唸っている。そんな私も思わず絶句し、口角が無意識に引きつっているのを止められない。
「むしろ無事で良かったと思うべきなんだろうけど……」
「婚約者以外の男性と抱き合った事を問題にされず良かったと思うべきか……」
私とポピーの言葉にセドリックとシャルルは窓の外へ視線を向けた。
この場で立場は本当に関係ないようなもので、ポピーも椅子に座って私達とお茶を飲んでいるのだが……今までは生徒ではないからと頑なとして椅子に座らなかったアイビーなのだが……。
「もうアイビー以外考えられないって分かったのよ」
そう胸を張って言うカローラはアイビーの膝に座っている。
それを嫌とも言わずに大人しく従い、少し目尻が下がっているかのような優しい雰囲気のアイビーに違和感しかないのだが、もはや誰も突っ込みを入れない。むしろ突っついたら何が出てくるか分からないから無闇矢鱈と突っ込みを入れない、というのが正しいとも言う。
この状況をどうしろと言うのか……そんな事を言いたげなセドリックとシャルルの目線が交わるが、私はそれに対し関係ないという姿勢を貫かせてもらう!
もういっそこのまま醜聞で追放されれば良いんじゃないか!?アイビールートでハッピーエンド!私はポピーと……あれ?そいえばあれから進展がないような……。
「ちょっと、ちょっとー???リズー?チョコはー???」
私が自分の思考に溺れて、うんうん唸っている所にセドリックがチョコの催促をしてきた事により意識が浮上する。
「あ、これ!試作だけど」
そう。今日はドライフルーツにチョコをかけたものを試作として持ってきたのだ。
これなら平民向けに出来るし、形を整えて綺麗に見せたものならば貴族向けに出来ないかという魂胆だ。
ポピーに探してきてもらって、セドリックに以前作ってもらったオーブンのような魔道具でドライフルーツを作ったのだが、酸味があるフルーツには甘いチョコを。甘いフルーツには苦味が強いチョコを使用して、味にメリハリをつけてみました!
そんな説明をして二つのチョコと、綺麗な四角に少し装飾のようなチョコ飾りをつけたものも出して皆に試食を促すと、おぉおおと感嘆の声があがった。
「へぇ、なかなか面白いね」
「味のバランスですか……」
セドリックとシャルルの反応は良く、これならば売り出しても良いなと思える。貴族向けの方が高額になるけれど、やはり元平民としては、やはり手が出しやすい商品を開発したいところもあって……正直、前世でも高いチョコと安いチョコとあったけど、高いチョコなんてバレンタインというイベントで自分へのご褒美に買うようなものだった。というか、その時にこれでもかって程に売り出すけど、普段はどこに売ってるんですか?というレベルでもあったしね。
普段はただの一口チョコで満足な庶民だったんだよ、疲労困憊した身体に甘い物で回復を!!というだけだったんだよねー。
なんて前世に思い耽っていると、カローラが難しい顔をしながら口を開いた。
「……この味のバランス……ポピー以外で作れる?」
「へ」
思わず間の抜けた声を出してしまう。カローラの言っている意味を意図する事が出来なかったが、その意図を正しく把握したのだろうか、セドリックとシャルルはこっちに視線を向けた。
アイビーもその言葉を正しく理解しようとしたのか、二つのチョコを食べ比べた後、口を開いた。
「ドライフルーツ一つ一つを味見してからチョコでコーティングするのですか?」
「あ」
そうだ。これは甘いとカゴに入れられた物を信じて買ったとしてもその中にいくつか酸味があるものが混じっているのは前世でも今世でも同じだ。
甘さを測るものでもあれば別なのだろうけど、これはポピーの目利きがあってこそ出来た作り分けであって、ポピーが居なければ味のバランスも何もないどころか、酸味が多いのか甘味があるのか分からないのでコーティングするにしても味見しないと分けようがないのだ。
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