第33話

「フェリクス殿下、アイビーの前に婚約者であるカローラ嬢の安全を気にかけるものでしょう。表面上でも」

「むしろ護衛が居ない今の状態が危ないって知りなよ」

「俺は俺の興味あるものにしか関心はない」


 シャルルとセドリックの毒が王太子に向かって吐かれるが、そんな威張って言う事ではないだろうという言葉を王太子は吐いた。

 つまりはアイビーにしか興味ないと。あんたのせいだ!あんたの!!だから消えたんだよと声を大にして叫びたい。

 自己中も程々にしないとマジで国滅ぼすんじゃないかコイツ!!?そこまで考えてしまうぞ!!

 と、心の中で盛大に悪態をついている間に、王太子の護衛はとりあえずシャルルが賄うとなった。魔道具を沢山持っているし、それを考えるとある意味でジルベールに匹敵するだろうというシャルルの後押しもあった。

 シャルルも現状把握しつつ各方面に連絡が取りやすい王城へ一緒に向かうらしい。


「邸で待つ以外の選択肢をしないで下さいね。面倒な事になりそうですから」

「新しいメニューでも考えておいてよ。そして皆でお茶しよう」


 このまま街中をカローラの名前を叫びながら走ろうと思っていた私にシャルルとセドリックが釘を刺す。

 ……うん、確かにそんな事をしたら面倒な事になりそうだよね。……どうやって思考回路を読んだの!?と思いながらポピーに頼んでいた物をすぐに取り揃えてもらおうなんて皆を見送りながら思っていたら。


「居なくなったなんて貴族令嬢には不名誉な事だよ」


 ポピーが耳元でボソリとそう忠告をした。

 うっ……私のやろうとした事、何で皆わかるの……?

 そんな手段以外が思いつかない私は、戻ってきたカローラの笑顔を見る為に新しいお菓子を作りあげる事を決めた。




 ◇




 私が危険に陥ればアイビーは姿を現してくれるかもしれない。

 そんな思いだけで私は学園を飛び出した後、そのままの姿で貧民街へ向かった。明らかに貴族令嬢だと分かる格好ならば、確実に餌食になるだろう。


「アイビー……」


 呟きながら、更に早く走る。

 前世の記憶が戻った時、前世と今世との記憶で押しつぶされそうだった。自分が悪役令嬢である事に、未来の絶望に、今すぐ逃げ出したくなった。

 そんな時に出会った、前世での推しと同じような風貌を持ったアイビーを側に置く事は、前世で癒されていた時間と同じように、私の心の癒しになっていたのだが、それでもどこか辛く苦しく、押しつぶされそうな日々で、未来の絶望から這い上がる方法が分からなくて……。

 それに気がついて、話を聞いてくれて、信じてくれて、寄り添ってくれたアイビーは私にとって何よりも大切な存在で……。


「殿下如きで離れないで…っ!」


 涙が溢れて、一筋頬に流れる。

 確かに王太子妃になんてなりたくない。でもそれ以上に……。


 ――アイビーと離れたくない――


「お?高く売れそうじゃないか?この娘」


 ふと、目の前に誰かが出てきたかと思えば、そんなありきたりなセリフを口にした。

 私より背が高くて体つきも良く、明らかにそこらの破落戸よりタチが悪そうだ。


「貴族令嬢様じゃねーの?」


 後ろからも声が聞こえて振り返ると、既に数人に囲まれていた。

 治安が悪い所では本当に秒で危険に晒されるのね、なんて心の中で呟きながらも、私は自分の勝率がとても低い事は理解した。

 素早さで勝てても、大人の男相手に腕力では勝てないからだ。

 ……まぁ、もうアイビーが居てくれないのなら、どうでも良いや。

 そんな事すら思えてくる程に私はアイビーが居なければ生きていく気力さえなくなっているのだと実感した。むしろ、どう生きて良いのか分からない。それこそいっそ、人形にでもなってしまった方が楽に生きられるのではないだろうか……それはただ心臓が動いているというだけになるけれど。

 アイビー……会いたい。帰ってきて。

 そう願う私の耳に届いたのは……。


「カローラ様!!!」


 アイビーが出てきてくれる事を期待していた私に聞こえたのは、全く違う人物の声で……。

 私の視界には待ち焦がれた銀髪ではなく、赤い短髪で息を少し切らして、瞳を憎悪に燃やしたジルベールが映った。


「……どうして!?」

「その方から離れろ!!」


 ジルベールは牽制なのか、王太子の護衛として常に持っていただろう剣を抜いて、破落戸に向かい合うが、破落戸達はそんなジルベールに対し、不愉快に目を細めた後。


「おい!!!」


 一人の男がそう叫んだだけで、路地裏からゾロゾロと男達が集まってきた。


「男は殺しても良いぞー!但し持ってる物は売れそうだから身ぐるみ剥がせ!」

「女は良い値段で売れそうだ!殺すなよ!」


 人身売買組織なのだろうか、そんな言葉が飛び交っている。

 金になるかならないか、人間ですら商品のように扱う様に嫌悪感が湧き上がる。確かに外見が大事だと言う風潮は前世でも今世でもあるけれど、生まれ持った選べない物でそこまで言われるなんて、前世でも今世でも真逆とは言え嫌という程に経験してきた私としては許しがたい。

 どうなっても良いな、なんて思っていたのと反転して、一気にぶちのめしたい思考で染まった私は破落戸達の隙間を縫ってジルベールの方へ駆け寄った。


「カローラ様!?」


 ジルベールと背を向け合う格好で破落戸と向き合う私に、ジルベールは驚きの声をあげるも、その後にカローラ様と共闘!?まさかの!?いやでもそうなると美しい闘う姿を見る事が出来ない!なんて呟いているのが聞こえるが気にしたら色んな意味で終わりな気がする……既に色々メンタルが殺られた感じがする……。


「やっちまえ!!」


 掛け声を上げて動き出すのは、バラバラに動かない為なのだろうか、なんて事を考えながらも、相手の懐に入っては急所を突き上げて行くも、なかなか一撃では倒せない相手も中には居るわけで……筋肉に関係ない箇所を狙いたくても、それは相手も自分の急所としてしっかり守っていたりする。

 ジルベールの方も、剣を構えているとは言っても、相手も剣を持っているようで、その剣筋は重いのだろう、受け止め、交わしあっている。

 人数的な事を考えても、明らかにこちらが不利だ。いくら鍛えていると言っても、どこからか湧いて出てくる奴等とは違い、こちらは持久力も鍵となってしまう。


 一人……二人……三人……。


 着実に地へ伏せていく人数は増えているのに、立っている人数は全く減っていないように感じる。

 こんな状態になってもアイビーはいなくて、私の隣に居るのは何故か暴力男のジルベールだ。そんな状況に思わず涙が溢れてしまいそうになる。

 せめて……最後の瞬間くらいアイビーという推しの顔を見て迎えたい!!

 なんて、前世ではある意味で叶えられなかった願いを切望すると、また涙が溢れて視界が歪んだ……ところで


「カローラ様!!!」


 一瞬の隙を付いて、破落戸に腕を引っ張られ羽交い締めにされてしまう。

 焦ったかのようなジルベールも、私を人質のように取られて、その剣を下げる他ない。いや、貴方ならば関係なしに剣を振るってもおかしくないのに、どうして忠犬のようになった。なんて皮肉さえ浮かんでくるも。


「っ!!」


 容赦なく捻り上げられ掴まれた腕の痛みに、短い悲鳴を漏らした瞬間。


 ――一筋の風が舞った――

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