第36話

「…………リズ!?」


 思考を他にうつしていたが、胸の痛みが解れる事はなかったのか、目からは大粒の涙が次から次へと止めどなく溢れてきた。

 一瞬狼狽えたポピーだが、何かを決意したかのように私に手を伸ばしたが、私はその手を拒絶した。


「……幼馴染の優しさなら要らない。放っておいて」


 今は、その中途半端な優しさが何より辛い。勘違いをしてしまいそうになる。

 心が弱りきっている時にそんな事をされたら、私はずっと勘違い女になってしまうだろう。幼馴染に戻るなら今しかない。


「……幼馴染に戻……」

「好きだよ」


 私が決意を誓う為にも口に出したのに、それを遮ってポピーから欲しい言葉を貰ったと同時に、身体が暖かく包まれる。


「身分がとか、立場がとか、色々考えてたけど……そんなの関係なく伝えても良いのなら……僕もリズが好きだよ」


 更に涙が溢れ出してくるのは、先ほどまで流れていた悲しみの涙とは違い、嬉しさから溢れ出た涙だ。

 ポピーはポピーなりに考えてくれていたんだ。

 確かに平民にとって貴族は身分も違うし、怖いものってイメージだった。それでも追いかけてきてくれて……こうして答えてくれるのに、どれほどの勇気が必要だったのだろうか。

 そんな事を考えながらも、私はこの温もりを手放したくないと、ただそれだけを考えてポピーの背に腕を回した。






 領地に戻って早く母に会いたいだろう父は、早朝に颯爽と戻っていった姿は、絶望感に苛まれて肩を落としているわけではなく、どこか吹っ切れたようだった。


「……周囲を味方に出来なければ、潰されるぞ。」


 そんな一言を残していった父は、貴族として家を心配している……というわけではなく、心の底から私を心配しているようだった。

 しかしながら念の為なのか、馬車に乗り込む寸前にボソリと私にだけ聞こえる声で純潔だけは絶対に守りぬくようにと言われてしまった……父よ。貴方は自分が行ったから私も…………うん、そういう喧嘩ふっかけたから、そう思われても仕方ないか……。

 ポピーに聞かれていなかった事に少し安堵しつつも、両思いだと言う事に心がほっこり暖かくなる。






「良かったんじゃない?」


 身分が!というポピーの戯言を無視して、手を繋ぎながら学園に登校すると、その姿を見たカローラは、アイビーの膝に乗った状態で全くもってどうでも良いと言わんばかりの返事を返してきた。

 というより、密着していちゃらぶしているようにしか見えない状態に、カローラ自身が羞恥から顔を真っ赤にして俯いている。嫌がってはいない辺り、照れているだけだというのが分かるのだが、その状況に私もクラスの皆も呆気に取られている。

 何故かクラスに居る、カローラの婚約者である王太子に至っては苦情を呈するどころか、どこかニヤニヤしている所はあるのし、ジルベールに至っては小声で仲がいいと言う事は一緒に王城へ……!等と言っている。

 ……こいつら、カローラじゃなくてアイビーが心底欲しいのか……。それ以外の問題点はどうでもいいのか!?


「……ていうか……」

「言わないでっ!」


 両手で顔を覆って叫ぶカローラは耳まで真っ赤になっている。

 むしろこれが父親の耳に入っても良いのだろうかとさえ思えるのだが……いや、もうこれは人の口から口へ噂として流れて最終的に侯爵の耳に入るだろう。

 私の怪訝な表情に気がついたアイビーがカローラに向き直ると、更に抱き寄せた。


「面倒な事になれば逃げれば良いのです」

「いやもう今現在この状況から逃げ出したい……」

「国から出ますか?」


 若干噛み合ってない会話をする二人に、王太子とジルベールが焦ったように席を立った。

 

「いや、それは困る!!面倒な事にはしない!」

「アイビー!!一緒にお二人を守りましょう!!私にもカローラ様を守らせて下さい!!」


 ……二人が恋仲だとか、密着してるとか、そういうのは本当にどうでも良いんだろうな。

 というか、もし国から出ていくのがカローラ一人なら王太子は止めもしないんだろうな……いや、アイビーやジルベールが付いて行きそうだから止めるか……。

 人望人脈って、ある意味で最高の権力なんじゃないかと思えてしまう瞬間だった。




 ◇




 あの一件から隠すことなくカローラにベッタリとなったアイビーに、最初は笑っていたセドリックやシャルルだったけれど、月日が立つと日常の当たり前として違和感持つ事無く馴染んでいく。

 カローラの父であるティダル侯爵は嫌そうな顔をしているらしいが、やはりそれは貴族の血筋を考えてらしい。

 侯爵ともなると、それなりの家格を考えなければいけないという事でカローラは若干突き放されたりしているらしいが、むしろそれで心置きなく身体を動かせる!鍛えられる!と喜びに溢れていた。

 うん……本当に貴族令嬢らしくないよね、私も人の事を言えないけど。


「リズ……ボーっとしてないで、この契約書と書類、そして帳簿にも目を通して」


 学園に入学して一年経った。あと一年もすれば卒業パーティの断罪イベントが行われるが、現状、私はヒロインとして攻略対象に囲まれている……というよりは、完全に商人となっていた。


「うはー!もうこれ国外出店考えた方が良いんじゃない!?いっそレシピ提供しちゃう!?」

「それ、シャルル様が絶対許さないと思う……」

「だよね……」


 チョコを食べたい、魔道具を買いたい、という事で国外からの旅行者が増え、宿屋は常に満室。周辺のお店に良い賑わいを見せている……が、物品が間に合わず、注文だけ受けて製作してから取りに来いという状態になる場合もあるのだ。チョコに関しては本当、一日の生産量が追いつかない程だ。


「……というかレシピ提供したとしても魔道具がなければ作るの大変だよね」

「……そうだったね……」


 魔道具ありきで現状の生産量なのだ。人の手だけだった時は、どれだけ時間と労力がかかった事か。

 国境沿いを重点的に、色んな領地にも出店して、わざわざ王都まで来なくても良いようにはしているけれど、そっちは商人や旅人、平民達に愛着があるようで、それなりに身分の高い人はやはり王都まで買いに来るのだ。

 王都ばかりが繁盛しても仕方ないとは思うのだけど……そこは治安や宿屋の質というものもあるのだ。世知辛いねぇ……。


「これ、収益が少なくない?費用が割とかかってるね。原材料と値段を見比べたら?」


 そしてポピーはポピーで、周囲を味方に……というか、むしろ私と一緒に色々やっていたせいか、私が苦手な経営的なものをどんどん吸収していった。……主にシャルルから。おかげで私はシャルルの仕事が減った!と言い切れる程に。

 一度、お店の方へ顔を出した両親だが、父はどこか納得したように、母はずっと笑顔で見守ってくれていた事で、ある意味認められたと思えるのだが……。


「そういえば、来週末は陛下へ謁見だっけ?」

「……熱出したい」

「それで免れる事なんて出来ないよ」


 ……分かっているけど、言ってみたかった……。

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