第23話

「王都でしないなら専属として雇うしかないのかなぁ……そうなれば何時でも食べられるし」


 セドリックがポツリと、自分がチョコを食べる為に出した打開策を呟いた瞬間、一瞬空気が凍った。

 ちょっと待て。執着はチョコに向いているけれど、ある意味でそれを作り出す私を閉じ込めて囲い込もうって算段か!?

 セドリックはグノー子爵家の次男と言っても、実力主義の魔術師団で団長を務めているから、ゲームの通りしっかりきっかり監禁される事は出来るわけで!むしろキッチンに閉じ込められそうな!

 ……いや、流石に衛生問題的に、キッチンに閉じ込められる事はないと思いたい。トイレと風呂は別にあると思いたい……。


「いやいやいや!事業展開したいよ!?ただ表立つより、私は色んなお菓子を作り出したいし、作り出すには色んな物を見て回らないと!?アイデアが浮かばないし~!!勉強が嫌いなだけなんだよね!!ずっと平民だったしさ!!」

「家の手伝いなどして働く事があっても、勉強なんてものはしませんでしたからね」


 拳を握り締めて力説すると、ポピーも便乗してくれる。てか、まぁそれが事実だけど。学んでない時は読み書きくらい勉強したいな~なんて、記憶が戻る前のリズは思ってたのは覚えてる。けれど、人間は本当にないもの強請りだ。その環境が整ってしまえば、今度は自由を求めるなんて皮肉なものだな……まぁ、ゲームの事もあるからこその逃亡が九割を占めているけれど。


「勉強は私が教えてあげますわ。ならば問題はなく、安心して学園に通って、王都で事業を広げれば良いわ」

「そうですね。事業に必要な人材、あと表立つ人を。必要な魔道具について相談ついでに情報を頂けるでしょうか、グノー子爵令息」

「っ!!」


 セドリックルートを回避する為にした言い訳に、カローラとアイビーが乗ってきて息を飲んだ。事業展開したいと言ってしまった以上、これを拒否してしまえば専属ショコラティエとして雇う!なんて言い出されたら、どうなるか分かったものではない。ポピーも思わず目を見開いて二人を凝視していた。

 二人としては、私が学園に入って王太子イベントをクリアして欲しいわけだから、そりゃ乗ってくるよね!考えなしだった気がする!てかそれ以外の回避方法も思い浮かばない!!


「リズ!それなら安心だろう」

「良かったわね、リズ」


 両親は良い友人を持ったと言わんばかりの優しい目つきだけれど、友人なのかどうか今一度自分に問いかけたくなった。

 むしろカローラはライバルだ!!宿敵だ!!

 そんな私の思いなんて無視してセドリックが満面の笑みで言った。


「じゃあ殿下やシャルルと相談しておくよ!」


 結局、二人の名が出た事に、私とカローラの口角が引きつるも、そんな事は気がついていないのか、お構いなしなのか。


「お恥ずかしい話、私はずっと領地でこもりっきりでしたので王都の事がわからず……お任せしても宜しいでしょうか」

「僕としてはチョコが食べられる機会が増えるなら喜ばしい事ですので。新作もお待ちしておりますから、リズ嬢には今のように自由に過ごして頂きたいかと思います」


 そうだよ!自由だよ!セドリック良い事を言う!!

 思わず顔を上げると喜びの表情を出しすぎたのか、セドリックが微笑んだ。流石に神絵師だけあって、その笑顔は破壊力抜群でスチル出たー!といった時のように喜びで胸が高鳴ったが……忘れるなかれ。良いのは顔だけだ。神絵師の腕だけだ。


「殿下やシャルルとは僕が話をしておくから。また魔道具を持って行ったり、相談に行った時に経過を報告するから、新作よろしくね」


 セドリックに後光が輝いているように思える。思わず手を合わせてしまいそうになるのを踏ん張って、笑顔で何とか言葉を返す。


「生クリームも手に入ったので、色々考察していきたいと思いますので、よろしくお願いいたします」


 礼をしつつ脳内では、いくらスイーツ好きだったとしてもレパートリーそんなないんだけど、なんて思っていたりもする。前世ではネットで検索をかければいくらでもレシピが出てきていたのに、いちいち脳内に記憶なんてしてない。

 科学の力め!記憶力どこ行っていたんだ!

 そんな悪態を付きながらも、チョコ以外でも色々と作って回避出来ると良いなぁ~なんて切実に願っていた。


「……まぁ……シャルルに目を付けられていたら、そう簡単には逃げられないしね……」

「!!」


 セドリックがぼそりと呟いた言葉を拾ったのは、私達四人だけだろう。両親は何を言っていたのか分かっていないのか、それとも内容が理解出来ていないのか、疑問符が駆け巡っているかのような顔をしていた反面、私とカローラは真っ青になり、ポピーは息を飲んだ。理解していても無表情なのはアイビーだけだ。

 じゃあね、と部屋を出ていくセドリックに、カローラや私もパーティは途中退席という形で帰ろうと言う事になったが、素早く近くに寄ってきたカローラに耳打ちされた。


「出来るだけ早く、簿記をシャルルに教えた方が良いかもしれないわね。セドリックみたいに執着する方向が変わるかもしれないわ。ルデウル男爵だと、監視に対する防衛がなさそうだもの」


 うん。王太子ルートはともかくとして、他のルートは一緒に回避方法を考えてくれるのは有難い。……王太子ルートに関しては天敵以外何でもないけど。






 王都へ進出が決定し、後はセドリックに任せ……と思っていたら、カローラもティダル家の権力を使い、二人が意気揚々と色々準備をしてくれて、とても助かる……筈だった。


「なんなのこれは――――!!!!!!!」

「こういうものだけど……」


 この半年、色んな書類と格闘していました。あっちからこっちへ、こっちからあっちへ……紙の山!山!!山!!!

 前世OL舐めるなよ!と意気込んでいた私の気持ちも、すでに噴火していたりする。


「ありえない!効率悪い!なんなのこのバラバラな書式は!!!」

「しょしき?」

「読む人が悩むでしょ!もっと簡潔に!分かりやすく!統一して!!」


 ポピーに言っても仕方ないけれど、前世知識的なものは他に言っていないので、必然的に全て話すのはポピーになる。と言っても、ポピーは気心も知れていて話やすいし、心の底からずっと一緒に居たら安心出来るというのもあるけれど。


「これとか!こっちが知りたい情報がないの!また手紙書いて連絡待ちになる!こっちも!ほら、こっちだって!!読む人の事を考えてくれとは言わないわ!だからこっちで欲しい情報の項目を先に書き出しておくのよ!!前世OLなんだこっちはー!!」

「それは便利だね。相手の気持ちを汲む、という目に見えないものに対する正解は分からないし。でも、どんな方法でするの?」


 確かに前世の昔ながらの日本人なら思いやりの心とか、おもてなしとか。言われなくても気づけ!って言うのがあったけれど、現代になればなるほどに遠のいている。というか、相手の目線や言葉使い、イントネーション、表情や仕草で読み取る力なんて無くなったとでも言った方が良いのかもしれない。それよりも言葉で伝えた方が誤解がないし。てか、スマホ普及による文字コミュニケーションの方が増えて、対面する機会なんて早々なかったような……?

 なんて前世に思いを馳せていたら、ポピーがおーい、戻ってきてーなんて言っていた。あぁ、危ない。ついつい……。

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