第24話

「コピー……なんて手法ないしなぁ……」

「また聞いた事のない言葉を……」


 慣れたもんで、ポピーはそんな事を呟きながらも次の言葉を待っている。


「セドリックに作って貰えないかな……ダブルクリームで何かお菓子作って……バニラビーンズあればなぁ」

「そして新しいお菓子と材料だね、それ詳しく教えて」


 私はシュークリームやメロンパンは生クリームとカスタードが入っているのが好きだったりする。勿論、片方だけでも好きなんだけど、そうなるとバニラビーンズ入りって書いてあるものを選ぶ程だ。あのバニラの香りは大好き!

 私的にはクッキー生地のシュークリームが好きなんだけど……まずは普通のからかな……注入するのが面倒で、切って生クリーム絞ってたんだよなぁ……。




 ◇




 私は油断していたんだと思う。

 例え設定を頭の中で理解していたところで、現実問題として起きるなんて想像が出来ていなかったのだと思う。というか言わせて欲しい。そんな経験なんて普通はないだろ!危機管理とか想像でしか出来ないだろ!!

 ……まぁ、それでも自分が本当に考えなしというか、浅はかだった事は否めない。


「…………」

「…………」


 何がどうなってるのか分からない……否、分かっているからこそ、ポピーも私も必要最低限な事以外は口に出す事がない。ここで変な事でも言おうものなら、どうなるかも分からないからだ。

 もう遅いかもしれないけど……と思いながら、私は目の前にある物を食い入るように見つめる。

 黒い棒状のもので、それを割ると中から黒いツブツブした種のようなものが出てきて、それがバニラの香りを放つ。ここまで乾燥や発酵を繰り返して作られていた気がするんだけど……すでに、この状態になるまでに誰かが試行錯誤したのかと思うと素晴らしいと喜びに満ちたいところなんだけど……。


「ポピー」

「はい」


 私はポピーに声をかけると、近くにあった紙に文字を書いた。


“私、ポピー以外にバニラビーンズ欲しいって言った記憶がない”


 その文字を読むとポピーは力強く頷いた。

 ……やっぱり……そうだよね……。これは……逃げられないというやつか……。

 足が竦んで椅子から立ち上がれずに居ると、時間がかなり経っていたのかノックが響く。


「お嬢様?サロンでずっとギルマン侯爵令息がお待ちですけれど……どうされました?」

「……今から行きます……」


 そう。今日これを手土産に持って来たのはシャルル・ギルマンだ。もう部屋のどこかに盗聴出来るような何かが仕掛けられているとしか思えない。

 そんな魔道具がどこかにあると言うのだろうか!?

 ゲームの中では、細かい描写なんてなかったから、どういう手段を用いていたのか全く理解出来ないけれど、確かにシャルルはどこからかヒロインの情報をしっかりきっちり持ってきていた。

 盗聴器じゃなければ忍者みたいにどこかに忍び込んでるのか!?と言いたい。いや、補佐とはいえ宰相の仕事はそんなに暇じゃない筈だ。

 ポピーも顔が引きつっているし、私も項垂れつつサロンに足を運び、シャルルに挨拶をすると、まさかの開口一番、耳を疑う言葉が出てきた。


「遅れて申し訳ございません。お久しぶりです」

「お久しぶりですね。構いませんよ。それより前世って何ですか?」


 あぁああああああ私の馬鹿ぁあああ!!!

 そんな事も言ってたのかな!?言ってたかな!?シャルルに出会う前に時間を戻して欲しいぃいいい!!!!


「……何の事でしょう?」


 顔が引きつっているのが自分でも分かる程に筋肉が痙攣しているも、必死で愛想笑いを繰り出すが、シャルルは無表情のままこちらを見ている。


「今更隠しても仕方ない事ですので言いますが、全部聞こえてますので」


 聞こえてるとか言ったよ!?おい!!スパイとかじゃなく盗聴で決定して良いかな!?

 まだ怪しい人を解雇します!の方が余程身の安全が確保される気がするんですけど!?どこに仕掛けてんだ!?


「……聞こえているとは、どういう事でしょうか?」

「…………」


 平然を装えているとは思えないけれど、とりあえず率直に聞き出そうと思い、言葉を返すも、シャルルは答える気がないのか優雅に紅茶を飲んでいる。


「発言よろしいでしょうか」

「どうぞ」


 ポピーが救いの手を差し伸べてくれるのか!?シャルルからも許可を貰えたので、ポピーは一礼すると言葉を紡ぎ始めた。


「提供頂いた物に関しましてお礼を申し上げます。あと失礼ですが、前世など、ただの戯言だとは思わないのでしょうか?宰相の補佐までしている知能派の方が、庶民の空想遊びに乗じるとは信じがたいのですが、わざわざ監視を行う程でしょうか」


 おぉおおっとぉ!?何か貴族なのに馬鹿な子扱いになった気がするけども!するけどもここを乗り切れるならば!?実際、平民だった事実は知られていると思うし。

 中二病設定なのかな!?目が!目がぁあああ!!とかって言った方が良いのかな?……いや、それ逆に更なる観察対象にされそうだから止めておこう。

 カチャリと、カップをソーサーに置いたシャルルは真剣な目つきをしてこちらを向いた。


「そもそも知りたかったのは、あの書式に関してだけでしたけどね」


 シレっと答えるシャルルに思わず絶句する。

 書式を詳しく知りたいという好奇心から色々仕掛けられていて、それに別の物が引っかかったという事か!でも気をつけていたつもりだよ!?結局、つもりでしかないけど!結果的に何か色々バレてるからね!


「見ていても、細かいところまで理解に及びませんでしたし」


 聞いてるだけでなく、見てもいるだと!?監視カメラのようなものがあるのか!?

 この人、一体何をどうやってるの!?あれか!?科学の発達していない昔では歩く速度が桁外れだったりとか、身体能力も意味不明な程だったりするとか、そういう高次元的な何かが働いてるのかな!?

 それこそ視力がターザン並とか、超音波とかも聞き取るとか!?


「……リズ……心の声は心の中で……」

「え?」


 ポピーの声でふと我に帰った私は、今の事を全部発言していたのかと顔を真っ青にさせながらシャルルの方を見ると、一見冷静そうでも、目の奥が興味津々と言わんばかりに光り輝いているのが見えた。

 溜息をついたポピーが、シャルルに向き合い一礼すると、言葉を紡いだ。


「お話するにあたって、いくつか約束して欲しい事が御座います」

「不利にならぬ事であれば」


 シャルルは即答で返すと、私達にしっかりと向き合う。

 ポピーが提示した条件は、内容が不服であっても不敬と捉えない。監視と盗撮を止める。協力できる体制を求める。他言をしない。更には私を貴族社会に縛らないというものだった。最後の条件に関しては率直に何かを言うわけでもないが、まず婚姻関係含めても監禁等で縛り付ける事も許さない上に、私が逃げたりしても受け入れろという幅広い言葉に聞こえるのだが、それに関してシャルルは。


「問題ない」


 と即答して紅茶を飲んだ。

 私とポピーは目配せをした後に話始めたのだった――。

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