第19話
「そう言えば、生クリームは見つかったの?」
「ううん。王都でもダメ?」
「生クリーム?」
私達の話に聞き耳をたてていたのかシャルルが口をはさんできて、それで全員の視線がこちらに向いた。
うわぁあああシャルルの設定もやはりゲーム通りなのか!?なんて思いつつも、カローラと二人冷や汗をかきながら笑顔でかわそうとするも、口角が引きつってしまう。
「牛のミルクも色々と成分が違うかと思われます。例えば子牛を産んだ後の一週間は子牛の為に違う成分に変わったりします。その為、ミルクと言っても様々な種類があったり、加熱殺菌のように何かしら手順を踏めば変化が起こる可能性もあるかと」
ポピーが答えてくれた内容に、セドリックとシャルルが顎に手を置いて何やら考え始めた。
「それなら心当たりがあります」
「何か必要なのがあったら作るから言って!」
シャルルとジルベールは、そう言うと生クリームなるものの手配をしようと、王太子共々すぐに王都へ帰ると言い出した。心当たりがあるというシャルルの言葉に、思わず私とカローラは喜びに顔を見合わせてしまい、攻略対象者達が居なければ指を絡ませて踊り跳ねていただろう。
帰ってくれるという思いもあって安堵しているとシャルルがこちらを見ている事に気がつき、思わず視線を逸らしたくなったが、こちらに身体を向けたのでそれも出来なくなってしまった。
あぁああ……日本のように身振り手振りや空気なんかで気づきの力なんてありませ~ん!察する?無理!って言ってしまいたいが、そうなると淑女の嗜みもないのかと言われてしまう、この世界はとても面倒臭い。前世の自由さが恋しくなる。
「新しい発見は国の発展にも繋がるでしょう。事業に関して必要な事があれば、いつでもお伺いします」
そう言ってシャルルは私に向かって言った後、顔を寄せて私の耳元に近づくと
「そういえば、貴女がつけた帳簿は見た事のない方式で、しかも分かりやすいと聞きました。良ければ後日、記載方法を教えて頂ければと思います」
ギクゥッ!!
シャルルの言葉を聞いた瞬間、思わず飛び退いた。そりゃ見た事ないでしょうよ!簿記だし!簿記って言っても、そこまで細かくしてないけどね!日付も掛金も曖昧だからね!ただ資産とかは分かるようには記載しているし、人件費とかの費用もわかりやすくしたかったのだ。今後の雇用率を増やすという目的の為にも。
「……まだ実験段階ですから」
「そうですか、なら完成した暁には是非。私も使用してみたく思っておりますので」
引き攣りつつもそう返すと、宰相補佐という立場からだろうか、そんな事を言われた。どこかの本で習った……と言ったところで、そんな本は見た事ないし……だったら自己流ですと言ってしまうしかないのかと思ったけれど、それも危険な気がした。確実に目を付けられそうな、そんな予感。いや、もう色々と目を付けられているのかもしれない。
「とっとと、素早く、生クリームの為におかえりください。馬車の手配は済ませておりますので」
震え俯いているとアイビーが追い出すように皆を帰らせようと、そんな事を言い始め扉を開けた。生クリームを欲しがっていたカローラの為に少しでも早くと言った所だろうな、本当にブレない奴め!
玄関まで送れという王太子の言葉に嫌々ながらアイビーも従いつつ、部屋に残された私とカローラ、そしてポピーはノートの準備をしながらアイビーの帰りを待った。
◇
「……何で簿記を使ってるのよ……気に入られたのではなくて?」
「それ以外の方法が頭の中に入らなかったのよ……色んな意味で理解できないのよ、大雑把すぎて」
カローラはジト目で私を責めるような言葉を放ってくる。流石カローラ、簿記がどういうものかは理解しているようだ。
「……囲い込まれたらどうするのよ!?王太子ルートを攻略しなさいよ!!」
「!!!!ちょっと待って!盗聴器ってないよね!?」
「「!!??」」
私の言葉にカローラは思い出したかのようにハッとして、ポピーは静かに周囲を見渡しながら私達を扉へ向かわせ、私の私室に誘導した。近くに居た侍女にアイビーへの言付けと部屋の念入りな掃除を頼み、三人で私の部屋へ入ると、一気に肩の力が抜けた。
流石に私の部屋は決まった人物しか入らないし、シャルルの入室は勿論ないので、そう考えると少しは安心かもしれない。
「……シャルルに目をつけられたら、シャレにならないわよ……」
肩を落としてカローラがそう呟いたのを見て、私は頷いた。
ギルマン侯爵家の長男で、宰相の補佐についているシャルル・ギルマン。
基本的に自己主張が少なくて意見する事もないけれど、その分、周囲や人を観察している。と言えばやり手に思えるけれど、そこから派生するのが、まぁ見て楽しむという趣味である。直接的に手を下す事はしないという腹黒さも見事に滲み出ていると言っても良い程だ。
「逃げられないように周囲を固められる前に動かないと……」
「気が付けば固められてたとか止めて下さいね。王太子ルートを潰さないで下さい」
私が決意を込めてそう言うと、帰ってきたアイビーから突っ込みが入った。王太子ルートに入る気もないわ!と言いたいが、本気でシャルルのルートは潰したい。常に怯えて過ごす事になりそうだ。
「迷子にならない。令嬢らしからぬ行動をしない……と言っても、チョコ作りに事業は……令嬢らしからぬ行動かもしれないわね……」
そう言ってカローラが項垂れるも、私だって項垂れたい。まさか興味を持って来るなんて誰が想像しただろう。
出会いのイベントだって、迷子になっていたヒロインを興味深そうに眺めている所から始まるんだよ。いっそ声かけて助けろよ!とか思うけれど、見ているだけなのがシャルルだ。明らかに令嬢らしくないヒロインを、ついつい観察しちゃうような奴なのだ。
そして、それから完全にヒロインのストーカーと化し、人に知られたくないドジなトコや恥ずかしい瞬間を含め全てその目に焼き付けた上に、タイミングを見計らって姿を現してヒロインの反応を見て楽しんでいる上に、常に見ていると匂わせ発言をしたりする変態なのだ。
平民の時に当たり前だった少し肌を見せる行為ひとつにしろ、言葉で攻めたりして、羞恥と恐怖で追い込み、最終的にはヒロインがあられもない姿を見せてしまう事になり、他に行く事が許されなくなった程に囲われたのだ。
「でもでも!相手は侯爵家の長男だし!時期宰相なわけだし、私みたいに男爵で後継の令嬢なんて範疇外になる筈!」
「……それは王太子ルートも潰すという事!?却下よ!!」
私がつい叫ぶと、カローラが反論を初めて、つい口走ってしまった事を後悔した。
しまった!カローラに内緒の計画がーー!!
「ルデウル男爵の後継として親戚筋から良さそうな人物をピックアップして渡しておきますね」
「チョコの事業はどうするおつもりで?」
「王太子妃となっても続けられるでしょう。それだけ人気を博してますからね」
アイビーの言葉にポピーが反論するも、チョコ事業で釣るしかないの?ねぇ、チョコしかないの?
カローラもチョコ……スイーツ……と何やら呟いてるし。ねぇ、そこなの?そこしかないの!?
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